■『うみねこ』の歩き方 そのA「右代宮家の物語」(ケーナ解釈)

※これは作品中の描写と竜騎士07さんがインタビュー及び対談で語った内容を根拠に、僕の解釈で3人のキーパーソンに焦点を当てて物語として綴るものです。あくまで解釈ですので「あれ?」と思われる内容になるかもしれませんが、少なくとも作品中の描写とインタビュー及び対談の内容から、否定出来る内容にはなりません(ならないようにするつもりです)し、また、それらから外れた内容にもなりません(ならないようにするつもりです)。ただし、矛盾する内容がある場合は、そのどちらかを選択している場合があります。

 

右代宮金蔵の物語

 

 1923年に起きた関東大震災によって、甚大な被害を被った名門“右代宮家”。小田原の屋敷は本家の一族と共にペッタンコ。東京下町に持っていた紡績工場は大火事で全焼。一瞬で主だった親族と財産を丸ごと失った後、新しく当主に抜擢されたのは分家筋の若者、右代宮金蔵でした。これは金蔵の能力や資質が評価されたわけではなく、生き残った長老たちの派閥争いの結果によるものです。新当主には長老たちの誰の息もかからない、無知な操り人形が求められたのです。金蔵の操り人形としての日々は20年にも及びました。その間に政略結婚により、妻を得、子も儲けましたが、金蔵は彼女たちを愛しも厭いもしませんでした。空虚な日々の積み重ねが、金蔵の心を少しずつ、少しずつ、磨耗させており、何もかもがどうでも良くなっていたのです。

ある時、金蔵がふと気が付くと、金蔵は操り人形ではなくなっていました。これまで金蔵を操ってきた長老たちは、自分たちの寿命分程度には財産を得、金蔵を操る必要がなくなったのです。金蔵は自らが役割を終えたことを悟ります。役割を失った人形はうち棄てられ、朽ちゆくのみです。しかし、金蔵には自ら命を絶つ気力さえ残されていませんでした。そこで金蔵は、太平洋戦争に自らの死に場所を求めることにしました。ところが、金蔵には土木・建築の知識がありましたので、兵隊としての金蔵は、海軍設営隊において施設造成の任にあたることになります。死に場所を求めて戦争に参加したはずが、ここでも運命は金蔵を思い通りにはさせてくれなかったのです。しかし1944年、六軒島において金蔵の人生は大きな転換点を迎えます。ある1つの出会いが、20年もの歳月によって、磨り減り、錆付いた金蔵の心を再び動かすのです。

 1944年、海軍は本土防衛のため、八丈島と横須賀を結ぶ線上に“日本海軍の最後の切り札”と呼ばれた“人間魚雷”回天を搭載する潜水艦の秘密基地建造を計画します。金蔵はその工事の為、六軒島に派遣されました。しかし、六軒島の基地は未完成のまま放置されました。何故なら、当時の日本には回天を積めるほどの大型潜水艦は、もう残っていなかったのです。そのため、工事は中断され、六軒島には最低限の人員が配備されたまま、上層部から忘れ去られた存在となってしまいました。上空を横断する米軍の編隊を眺めながら、毎日、畑作と釣り、土いじりで過ごす日々。それが終わりを告げたのは突然でした。

 ある日、同盟国であるイタリア海軍の潜水艦が1隻、入港してきたのです。日本軍側で唯一英語が話せる金蔵は、同じくイタリア人側で唯一英語を話せる、ベアトリーチェ・カスティリオーニ(ビーチェ)と共に、日本軍とイタリア軍の橋渡しを務めることになりました。金蔵はビーチェに“右代宮”ではなく“金蔵”と呼ばれることで、自分を操り人形として縛りつけてきた“右代宮家”から自由になれた気がしました。一方でビーチェも“カスティリオーニのご令嬢”ではなく、ただの“ベアトリーチェ”として自分に接する金蔵に、親しみを覚えます。いつしか2人は、単なる共感を超えた想いを互いに寄せ合うようになりますが、ある日、問題が持ち上がりました。イタリア人が潜水艦に10tもの黄金を積んでいることが明らかになるのです。潜水艦は修理不能で、浸水が進み、隠し切れないと判断したイタリア人側は日本人側に協力を求めますが、日本人側は膨大な分け前を要求し、両者の間で緊張が高まります。

 殺戮劇の幕開けは日本人側の襲撃から始まりました。日本人側の要求を呑むべきか、イタリア人側が相談している室内に突如、手榴弾が投げ込まれたのです。しかし、手榴弾は不発であったため、反撃に転じたイタリア人と迎撃する日本人の間で殺し合いが始まりました。その最中、眼前に突きつけられた死によって金蔵は気がつきます。死に場所を求めていたはずの自分が、ビーチェとの出会いによって、いつしか生きることの素晴らしさを知り、もっと生きたいと考えていることに。金蔵はビーチェの姿を求めて基地内を駆け回り、ビーチェを人質に抱え、唯一生き残った上官、山下中尉と遭遇します。山下は黄金を独占するために、金蔵を撃とうとしますが、その銃弾は金蔵の右耳をわずかにかすめただけでした。その隙にビーチェが山下の拘束から逃れようと暴れ、ビーチェを撃とうとした山下を止めるため、金蔵は山下を射殺します。両陣営でたった2人、生き残った金蔵とビーチェでしたが、ビーチェは山下によって重傷を負わされていました。ビーチェを病院に連れて行こうとする金蔵でしたが、ビーチェはそれを拒みます。両親を失い、祖国を失い、自分には帰る場所がない。それならば少しでも長く金蔵と共にいたい、と。その言葉を聞いて金蔵は決心します。黄金を使い、ビーチェをかくまうことを。

 金蔵はビーチェを舟で新島に連れてゆき、1人の医者に黄金のインゴッドを差し出して秘密裏に治療を依頼しました。その医者こそ、その後、数十年に亘って金蔵の友となる南條でした。その後、ビーチェは金蔵の指示で小田原にある右代宮家の別荘にかくまわれ、女児を出産します。しかし、その子どもは金蔵とは血の繋がりのない子どもでした。ビーチェは祖国において家の事情による望まない結婚をし、本人の自覚なく妊娠したまま潜水艦に乗り込んでいたのです。その後、ビーチェは病で亡くなり、ビーチェの子どもは忘れ形見として金蔵に託されました。金蔵は10tの黄金を担保にして巧みに立ち回り、たちまちのうちに財産を築き上げていきました。また、持ち前の英語力を生かし、GHQに強いコネクションを作って、見る見るうちに大富豪となりました。その強引かつ、ギャンブル的な手腕は、敵対者に恐れられましたが、金蔵は愛するビーチェの死を受け止め切れず、やり場のない感情をビジネスにぶつけていただけなのでした。

そして、金蔵は黄金の隠された六軒島を手に入れる為、GHQを通じて、水産資源基地を建設したいと申請します。申請が受け付けられ、六軒島を事業地として取得すると、申請を反故にして自分の土地にしてしまいました。金蔵は1952年、島に2つの屋敷を建てました。1つは妻と子ども達のための屋敷、もう1つはビーチェの忘れ形見である子どものための隠れ屋敷。操り人形ではなくなった金蔵にとって、政略結婚によって得ることになった妻や子は、本来ならば用済みの存在です。しかし、ビーチェとの出会いによって愛を知った金蔵は、自分に向けられる愛情にも気が付きました。そのため、金蔵にとって妻と子どもはもう、どうでも良い存在ではなくなっていたのです。

 それから十数年後、金蔵の他には源次や熊沢など、一部の使用人しかその存在を知らない隠れ屋敷(九羽鳥庵)で、秘密裏に育てられたビーチェの娘(ベアトリーチェ)は、母親と同じ名前と、母親にあまりに良く似た容姿を受け継いでいました。育つほどにビーチェに似てゆくベアトリーチェ。折に触れて彼女にビーチェの面影を重ねてしまう金蔵は、苦悩のあまり悪魔的発想によって自らを正当化します。自分はビーチェの死後、ビーチェを蘇らせる為に黒魔術の研究を続けてきた。その成果がこの娘に現れたのだ、と。そうでなければ何故、この娘はこれほどビーチェに良く似ているのか。あとは記憶が蘇れば、自分の愛したビーチェは復活するのだ、この娘はビーチェ復活の為の依り代なのだ、と。もちろん、金蔵はそんなことはありえないことだと理解はしていました。しかし、金蔵のビーチェへの恋慕はあまりに深く、長い歳月は傷を癒すどころか、もはや自らの嘘で自らを騙さざるを得ないほど、金蔵を追い詰め、捻じ曲げていたのです。

 一方でベアトリーチェはそんな金蔵に戸惑いを覚えます。世間と隔離されて育った為、一般常識に疎い部分はありましたが、それでも、金蔵が自分に寄せる想いと、一般的な父親が自分の娘に向けるであろう想いのギャップに違和感を持ったのです。そして、金蔵は自分を通して自分以外の何者かを見ていることにも気が付いていました。しかし、その疑問を金蔵本人に問うても、身の回りの世話をしてくれる熊沢などの使用人に問うても、彼女が満足出来る返答は帰ってきませんでした。

 そんなある日、九羽鳥庵に1人の少女が迷い込みます。少女の名は右代宮楼座、金蔵の末娘です。当時中学生であった楼座は、信頼していた家庭教師の告げ口によって母親に叱責されたことに傷付き、家出のつもりで森に入り、偶然、九羽鳥庵に辿りついたのです。ベアトリーチェは楼座と会話をすることによって、自分が如何に無知であったのか思い知ります。何せ、父と慕っていた金蔵に、自分の他に家族があることさえ知らなかったのです。九羽鳥庵の外の世界を知り、これまで知らなかった様々なことを知ることにより、何者でもない自分と決別し、やがては金蔵の想いも理解出来るかもしれない。そのように考えたベアトリーチェは楼座に頼みます。自分をここから連れ出して欲しい、と。楼座は自分よりも年上なのに、ずっと屋敷に軟禁され、あまりに知識や経験に乏しいベアトリーチェを気の毒に思いましたので、金蔵に叱られることは承知の上で、ベアトリーチェの願いを叶えることにします。

 物心付いてから、九羽鳥庵を一度も出たことのなかったベアトリーチェにとって、外の世界は驚きの連続でした。見る物全てが初めてで、刺激的なのです。しかし、浮かれていた為か、鳥篭の中での生活が危機意識を欠如させていたか、はたまた動きづらいドレス姿が災いしたか、ベアトリーチェは逃避行の中で岸壁から転落し、死亡します。思いがけない事態に動転した楼座は、思わずその場から逃げ出しましたが、罪の意識に耐え切れず、その夜、源次に全てを打ち明けました。源次は楼座に口止めをし、秘密裏に事故を処理しました。そして、金蔵にはベアトリーチェが九羽鳥庵を抜け出し、崖から転落して死亡した事実だけを伝えました。それを聞き、金蔵は自分の手から逃れる為に、ベアトリーチェが自ら命を絶ったと考えました。しかし、それは事実ではありません。ベアトリーチェはただ、何者でもない自分に耐え切れず、新たな世界を知りたいと願っただけだったのです。ところが源次は楼座から聞いていたその事実を金蔵には伝えませんでした。これには楼座を庇う意味もありましたが、何より金蔵は罰を受けるべきだと考えたのです。

 ベアトリーチェの死後、金蔵の手元には、金蔵とベアトリーチェの間に生まれた赤ん坊が遺されました。しかし、金蔵は自分はもう、この赤ん坊とは関わるべきではない、と考えます。ビーチェもその娘であるベアトリーチェも、自分と関わったが為に早死にすることになった。自分と関わればこの赤ん坊にも、また同じことが起きるに違いない、と思ったのです。赤ん坊を託す人物として、金蔵が白羽の矢を立てたのは長男、蔵臼の嫁である夏妃です。元々夏妃は、とある神職の家系の娘でした。夏妃が右代宮家に嫁いだ当時、金蔵はあらゆる財力とコネクションを手にしていましたが、成金呼ばわりされ、品格ある上流階級から見下されていることにコンプレックスを持っていました。その為、金蔵は、高貴な家から蔵臼の嫁を迎えて、右代宮家の格を上げたいと考えました。そこで、夏妃の実家を経済戦争で打ち負かし、その手打ちとして、縁談を提案し、夏妃を蔵臼の嫁として迎えたのです。

しかし、右代宮家に嫁いだことで、打ち拉がれた様子の夏妃を見て、金蔵はふと気がつきました。これはかつての“操り人形”であった頃の自分と同じではないか、と。他者の思惑に全てを支配され、思い通りに生きられない苦しさを、誰よりもよく知る自分が、夏妃にも同じことをしてしまったのです。しかし、蔵臼は夏妃を歓迎していますし、トロフィーとして奪った以上、今さら実家に返すわけにもいきません。結局、金蔵は夏妃に対し、何とも言えない後ろめたさを感じながら生活していくことになります。それは夏妃から挨拶されても、目も合わせられないほどでした。

 当時、夏妃が右代宮家に嫁いでから、12年が経過していました。金蔵自身は蔵臼と夏妃の間に跡継ぎが出来ることはもう諦めていましたが、立場上、厳しい言葉をかけざるを得ず、また、不妊治療に苦しむ夏妃を救ってやりたいと考えていました。その為、跡継ぎが産めなくてもお前を右代宮家の嫁として認めるから、もう苦しい不妊治療はやめてこの赤ん坊を育てろ、という想いを込め、金蔵は赤ん坊を夏妃に託す決心をしました。懸命に不妊治療に励む夏妃とそれを支える蔵臼の様子から、夏妃に蔵臼と相談する時間を与えては、二人揃って反対することだろうことは予想出来ましたので、金属は蔵臼の留守を見計らって、夏妃と赤ん坊を引き合わせました。ところが数日後、赤ん坊は世話係の使用人と共に崖から転落して死亡してしまいます。自分の側に置いていれば、こうなることは予想出来たはずなのに、自分が欲を出したが為に、再び悲劇が起きてしまった。自分とは全く関わりのない場所に養子に出せば、このような事故は起こらなかったのではないか。金蔵は運命を呪い、それ以後、逃避先として黒魔術にますます傾倒するようになります。

 それから9年近く経過した1976年4月、福音の家から1人の子どもが使用人として六軒島にやって来ました。子どもの名は安田紗音、これから小学校に入学する少女でした。他の福音の家出身の使用人は、最低でも義務教育を終えてから六軒島に来ますから、金蔵は紗音を迎えた時、全てを悟ります。死んだと聞かされていたあの時の赤ん坊が、実は生きていたこと、そして、崖から落ちたことによって何らかの障害を負い、女性として生きざるを得なくなってしまったことを。金蔵は紗音と話をする機会を作るため、紗音に“見聞きしたことを金蔵に報告する仕事”を与えました。そうでもしなければ、一介の使用人である紗音と話をすることなど、なかなか出来ません。しかし、紗音にはこの仕事に込められた金蔵の意図など理解出来ませんから、自分はスパイをさせられている、と、この仕事を嫌い、そして自分にそんな仕事をさせる金蔵も嫌いました。

 また、金蔵は何としても、紗音に片翼の鷲を与えたいと考えます。自分の直系の子孫にしか許さなかった片翼の鷲ですが、自分とベアトリーチェの子どもである紗音は、誰よりも片翼の鷲を纏う資格を持ちます。そもそも片翼の鷲が刻まれた黄金を金蔵にもたらしたのは、ベアトリーチェの母親であるビーチェですし、金蔵がベアトリーチェを正式に右代宮家に迎え入れなかったが為に、あのような悲劇が起きてしまったのですから。しかし、紗音だけに片翼の鷲を与える良い言い訳は思いつかなかった為、福音の家出身の使用人全員に片翼の鷲を与えることにしました。これによって、傷付いたのは夏妃です。右代宮家の嫁として何十年も尽くしてきた自分に与えられていない片翼の鷲を、使用人風情が許されるとは。自然、夏妃は紗音を含む福音の家出身の使用人に対して厳しくなりました。紗音はそのことによって夏妃を嫌い、また、その原因である気まぐれ(と紗音は認識している)を起こした金蔵も嫌いました。

 1984年4月、金蔵は屋敷の玄関ホールにベアトリーチェの肖像画を掲げ、その前に“魔女の碑文”を刻んだプレートを設置しました。これは自らの死期が近いことを察した、金蔵からの源次へのメッセージです。金蔵は紗音が自分とベアトリーチェの間に生まれた子どもであることは理解していますが、それを源次から正式に伝えられたわけではありません。ですから、死ぬ前に全てを清算したいと考えたのです。源次にとって紗音を六軒島に連れてきていながら、父親である金蔵に引き合わせなかったのには、2つの意味がありました。1つは金蔵の贖罪です。金蔵はベアトリーチェをビーチェの身代わりにした罪を贖う必要があると考えていたのです。もう1つは、金蔵が再び罪を犯してしまうことを恐れたのです。しかし、長年に亘り、金蔵と紗音の関わりを見守ってきた源次は、金蔵は充分に罪を贖い、また、新たな罪を犯すこともないと考えました。そこで、金蔵と紗音を引き合わせることにします。紗音に碑文を解く為のヒントを与え、碑文を解くように仕向けたのです。そもそも魔女の碑文は、金蔵がベアトリーチェを正式に右代宮家に迎え入れる為に用意した仕掛けです。金蔵はベアトリーチェにビーチェの黄金を与え、家族の一員として右代宮家に加える為に、1952年の屋敷竣工当時から、既にその準備をしていたのです。ところが、金蔵はベアトリーチェをビーチェの身代わりにしてしまい、子どもまで作ってしまいましたから、金蔵の目論見は叶わなくなってしまいました。それが十数年遅れでその子どもによって、ようやく叶えられたのです。はたして1984年11月29日、金蔵は碑文を解いて地下貴賓室に辿りついた我が子“理御”と正式に顔を合わせて謝罪したことにより、長年に亘って背負い続けてきた重荷をようやく降ろすことが出来、全ての未練を断ち切って、心置きなくこの世を去りました。

 

※以上が右代宮家第一のキーパーソン、右代宮金蔵の物語です。EP1、3、5、7で語られた内容によって構成しました。「こんなの本文の内容を継ぎはぎしてるだけじゃねーか!」と思われるかもしれませんが、それほど簡単なものではありません。どの内容を採用するか、どうまとめるか、推敲する必要がありますし、本文の内容にプラスして、きちんと裏を取りながら自分の解釈を加えて書いている為、文章量の割にかなり手間が掛かっています。しかし、「『最考考』は引用ばかりで訳がわからないよ!」という人もこれなら理解しやすいのではないでしょうか?

何故、僕が『最考考』をこのように書かなかったのかと言いますと、理由は2つあります。1つ目、このスタイルでは“根拠”を示さない為、いくらでも嘘を盛り込めますし、意図的に嘘を盛り込むことはなくても、僕の誤読・誤解をそのまま真実として主張することになります。おそらく大概の読み手は僕の意図無意図に関わらず、僕の“嘘”に気がつくことすら出来ないでしょう。だからこのスタイルでは駄目なのです。引用によってきちんと“根拠”を示すことによって初めて、読み手は「これはおかしい」あるいは「これは正しい」と、判断出来ます。僕は引用がなくても他者の考察を「これはおかしい」「これは正しい」と判断出来ますが、これは僕が『うみねこ』を6周半し、どこに何が書いてあるか大体把握出来ている為です。こんなことが出来るのはおそらく僕くらいのものでしょうから、原則「考察は引用とセットでなければならない」のです。

2つ目、このスタイルだと、いくつかの可能性が考えられる場合でも、どれか1つだけに絞って書かざるを得ません。僕が思いついた可能性がA、B、C、3つあって、僕がAを採用して書いたとします。しかし実際にはBが正解だったとしても、読み手にはAしか読むことが出来ませんので、正解は僕の中にあるのに、読み手はその存在を知ることさえ出来ません。3つの可能性が提示されさえすれば、きちんと正解を選べる読み手がいたなら、これはもったいないことです。僕は『最考考』を「これが間違いなく“一なる真実”だ!」というつもりでは書いていません。僕に考察出来る限界があそこまでだということです。ですから僕の考察を引き継いでくれる人の為に、僕が手に入れた考察の材料は全て提示しておきたかったのです。以上 2つの理由により、僕は今回使用したスタイルを『最考考』には採用しませんでした。

「ベアトリーチェと金蔵の間に血の繋がりがない、というのはおかしいのではないか?」と思われた方がいるはずですが、これはPS3版の設定です。そもそも日本人とのハーフに金髪が生まれるわけがないので、僕としてはこっちの設定の方が良いと思います。金蔵は赦されない罪を犯してしまいましたが、それほどまでにビーチェのことを愛していた。この事情を汲み取ることで、ある程度、同情出来るのではないでしょうか? そして注目して欲しいのが、夏妃、紗音との“すれ違い”です。金蔵は夏妃に対して“後ろめたさ”を感じていた為、夏妃と目を合わせて挨拶することが出来ませんでした。そのため、夏妃は「自分は金蔵に嫌われている」と思ってしまいました。その結果「夏妃を不妊治療の苦しさから救ってやりたい」と思って、金蔵は大切な我が子を託したのに、夏妃には「自分は女として役立たずだと判断された」と、受け止められてしまいました。それが結果的に赤ん坊の転落死(実際は死ななかったわけですが)に繋がります。また、金蔵が紗音に対してしたことは全て裏目に出て、金蔵が紗音から嫌われる原因となってしまいました。この“すれ違い”こそが『うみねこ』のもっとも重要なキーワードです。次は右代宮家第二のキーパーソン、安田紗音の物語です。

 

安田紗音の物語

 

 右代宮金蔵が資金援助する孤児院“福音の家”に1人の少女がいました。少女の名は安田紗代。もっとも、この名は孤児であった紗代に便宜上付けられた名前であり、本当の名前は不明でした。紗代は福音の家の他の院生とは隔離されて成長しました。これは、紗代が右代宮金蔵とベアトリーチェの間に生まれた子どもであり、赤ん坊の頃に崖から落ちて死亡したことになっていたためです。源次は金蔵には赤ん坊が崖から落ちて死亡したと伝えましたが、実際は大怪我をしたものの生き永らえていました。しかし、その怪我によって男性器を失い、女性として生きざるを得なくなっていました。源次は赤ん坊を金蔵の側に戻すことで、金蔵が再び過ちを犯すことを恐れ、密かに孤児として福音の家で育てることにしたのです。そのような事情により、他の院生と交流出来なかった紗代は、孤独を紛らわせる為、もう1人の理想的な自分を空想によって生み出し、彼女だけを唯一の友人として育ちました。そんな紗代の人生が転機を迎えるのは、小学校に入学する時でした。

 これから小学校に入学する1976年4月、紗代は突然“紗音”として六軒島の右代宮家に仕えることになります(福音の家出身の使用人は、奉仕活動中は「音」の文字を持つ名前を名乗ることになるため)。これは源次による計らいでした。源次はいずれ金蔵と紗音を親子として引き合わせる為、その前準備として紗音を右代宮家に関わらせることにしたのです。そもそも、本来ならば右代宮家で育っていたはずの紗音を、自分の判断で福音の家に送ってしまったわけですから、源次としてはそれを元通りにしなければならないという思いもありました。もともと右代宮家ではボランティア事業の一環として、福音の家から使用人を雇っていました。しかし、それは義務教育を終えた者に社会勉強の機会を与える為のもので、紗音以外の使用人は16歳から18歳くらいでした。しかし紗音は当時、満年齢で6歳(実際は9歳、崖から落ちた赤ん坊であることを知られるのを避ける為、源次は年齢を3歳誤魔化した)です。これには蔵臼と夏妃も疑問を感じ、金蔵に尋ねましたが、これは源次によるものですので、金蔵はノータッチでした。むしろ金蔵はこのことによって初めて、9年前の赤ん坊が生きていたことを知ったのです。そのため、恍けるしかありませんでした。福音の家に尋ねても、源次の指示によるものだという話になり、源次は金蔵の指示だということにしますので、話は堂々巡りです。結局、蔵臼と夏妃は六軒島には子どもがいないことから、娘である朱志香の為の配慮であろうということで納得し、紗音を受け入れることになりました。

 他の福音の家出身の使用人にとっても、紗音は不可解な存在でした。福音の家出身のはずなのに誰も会ったことがなく、自分たちが努力を重ねて掴み取った右代宮家使用人の座を、特に秀でた点も見当たらないのに、小学1年生にして獲得。普段は学校に行く為、使用人として働くのはその空き時間のみ。それなのに給料はきちんと貰えて、そのうえ寮には3人部屋が2つなのに、自分達は3人部屋に押し込まれ、紗音1人でもう1つの部屋を独占(源次は本来は男性である紗音が、成長して性徴期を迎えた時に問題が起きるのを防ぐ為、紗音を他の使用人とは隔離した)。この特別扱いに気分を害した為、彼女たちは紗音とは仲良くしてくれず、“ヤス”という蔑称までつけられてしまいました。そのため相変わらず、紗音にとっては空想で生み出した、もう一人の自分だけが唯一の友人でした。もう1人の自分は他の使用人とは違い、紗音に優しく、そして紗音には出来ないことが何でも出来てしまう、紗音の手本となる存在なのでした。

 福音の家において、他の院生と隔離されて育った紗音は、社会経験に乏しく、そのうえ空想癖もあるため、幼いことを割り引いても優秀とは言い難い有様で、特によく物をなくしました。どんなに気をつけても物がなくなる為、ある時、紗音は考えました。これは自分が悪いのではなく、熊沢が聞かせてくれた怪談の“魔女ベアトリーチェ”の悪戯なのだ、と。そして“物が元々あった場所から消えて、別の場所から現れる”ことを具現化した存在“魔女ベアトリーチェ”を空想によって無意識に生み出し、会話をするようになります。魔女と会話したことにより、その存在を確信した紗音は(魔女が自分の空想の産物であることに気がついていない)、魔女の悪戯によって物がなくなってしまうことを熊沢に相談します。熊沢はその原因が紗音自身の不注意であることに気がついていましたが、紗音が納得出来る形でその解決方法を考えました。そのうちの1つが“蜘蛛の糸のおまじない”です。物に糸をつけて、もう片方の端を自分の体につけておけば、物を置き忘れることはなくなります。それを六軒島の悪霊が苦手な蜘蛛の糸に例えて紗音に教えた為、それ以後、魔女ベアトリーチェは、蜘蛛の糸が苦手になりました。蜘蛛の糸のおまじないによって、良く物をなくす癖を克服した紗音は自信を持ち、ますます空想癖を強めつつ成長していきました。空想で生み出したもう一人の自分と、空想で生み出した魔女、ベアトリーチェを友人として。

 仕事に慣れ、時間の余裕が出来た紗音は、熊沢の影響を受け、熊沢の趣味であった推理小説を楽しむようになります。やがて、学校の図書室の推理小説を全て読み尽くし、大人向けの推理小説にも手を出すほどになりました。そうして月日が過ぎたある年、紗音の先輩であった使用人と同期の使用人が一斉に仕事を辞め、代わりに2人の後輩を迎えることになりました。先輩としていろいろ教えなければ、と意気込む紗音でしたが、2人の後輩にとって紗音は年下の女の子です。その上、辞めた使用人から“ヤス”の悪評は聞いていましたので、先輩として尊敬される、というわけにはいかず、あまり真面目に受け取ってもらえませんでした。そこで紗音は、2人を懲らしめる為に悪戯をすることにします。

紗音が目をつけたのは、いつも鍵束を放置したまま仕事をする鐘音でした。紗音はまず、自分の鍵束からその日掃除する部屋の鍵を外し、鐘音のロッカーに入れておきました。そしていつものように鍵束を放置したまま仕事を始めた鐘音の背後で、鍵を1つ抜いた自分の鍵束と鐘音の鍵束をこっそりすり替えてしまいました。これは悪いことだと解っていましたので、友人であるベアトリーチェが勝手に自分の体を操って“魔法”でしたことにして(ただし紗音本人はそれが真実であると信じている)。“魔法”の効果はてきめんでした。鐘音は自分の鍵束から突然、鍵が1つだけ消えたことによって、魔女の存在を信じ、紗音の言う事を聞いてくれるようになりました。

 こうして、魔法の素晴らしさを知った紗音は、自らも魔女になることにします。まず、自分が魔女ベアトリーチェになります。すると、これまでは空想の友人だったベアトリーチェと被りますので、以前のベアトリーチェは自分の友人である“名無しの魔女”にしてしまいます(この名無しの魔女は、後に真里亞によって“ガァプ”と名付けられる)。そして、空想の友人であるもう1人の自分には、これまでの使用人であった自分を引き継いで貰います。もう1人の自分は、優秀な使用人という設定であるため、かつては紗音とかけ離れた存在でしたが、この頃には、紗音自身もそれなりに優秀な使用人になっていた為、以前ほどのギャップはなくなっていたのです。この日、この瞬間から、紗音は“ベアトの人格”と“紗音の人格”2つの人格を持つ、1人の人間として生きていくことになります。しかし、紗音はベアトのことを覚えておらず、ベアトは魔法の楽しさに熱中して、紗音に関心を持たなかった為、しばらくの間、2つの人格に交流はありませんでした。

 その後、様々な悪戯を“魔法”と称して遊びまわっていたベアトですが、ふと、紗音のことが気になり、夢の中で紗音に語りかけ、黄金郷に誘いました。1人でいるのは寂しかったのです。しかし、紗音はベアトの誘いを断ります。何故なら、その頃紗音には、戦人というかけがえのない存在がいたのです。紗音と戦人の交流は、たまたま同じ推理小説を読んでいたことを知った時から始まりました。互いにとって、相手が自分と同じくらい深く、そしてたくさんの推理小説を読んでいたことは大いに意外で、相互の関心を引きました。始めは互いの知識の探り合いのような、ちょっと鍔迫り合いのようなやり取りでしたが、それはやがて、互いの読書量や考察の深さを尊敬し合うものへと変わっていきます。尊敬、信頼、そんな気持ちが互いの友情をさらに育み、いつしか紗音と戦人は互いを異性として意識しあうようになっていました。そして戦人が12歳、紗音が10歳の時(実際は13歳)、2人は約束を交わしました。それは将来、紗音が使用人を辞める時が来たら、共に生きていく約束です。その時、戦人は紗音に伝えました。紗音がその気になりさえすれば、自分はすぐにでも紗音を迎えにいくことを。そして、紗音の決断を待ち続けることを。

 この瞬間、2人の間に決定的なすれ違いが生まれました。戦人にとって、この約束はプロポーズも同然です。ですからこれは、遠い将来の話、理想としては、戦人が社会人として自立し、紗音を養える経済力を身につけてからの話でした。しかし、小学校に入学した当時から使用人として働いていた紗音は、大金を所持しており、使用人を辞めて福音の家に戻ったとしても、気軽に戦人の家まで遊びに行けるだけの蓄えがありました。中学校を卒業した後は、戦人の家の近所にアパートを借りて、アルバイトをしながら高校に行けば良いのです。ですから、これは紗音にとっては近い将来の話であり、戦人が来年、島に来ればその時、現実になる未来だったのです。このすれ違いを抱えたまま、2人は来年の再会を約束します。しかし、その約束を戦人と紗音は全く違う意味に理解していました。戦人にとってその約束は、将来の決意を確認するためのものでしかありませんでした。しかし、紗音にとっては、戦人と共に生涯を歩む日になることを意味していたのです。

 はたして1年後、戦人は六軒島には現れませんでした。霧江との不倫が発覚した父親、留弗夫に失望し、家を出て亡くなった母、明日夢の両親である祖父母と暮らすようになったのです。その翌年も、戦人は六軒島には来ませんでした。そして、さらにその翌年である1983年の親族会議に、霧江が戦人からの手紙を携えてやって来ました。手紙はいとこそれぞれに宛てて書かれたものでしたが、その中に紗音への手紙はありませんでした。戦人としては3年も前の約束を、当時小学4年生だった紗音が覚えているか、不安がありましたし、待つと言った以上、自分は紗音を信じて待つ他ないのだ、と考えたのです。しかし、自分宛の手紙がなかったことを、戦人は自分のことなど忘れてしまったのだ、と受け止めてしまった紗音は、これ以上、戦人を待つことに耐えられなくなります。そんな紗音を気遣い、ベアトは“恋の芽”を自分に移すことを提案します。これは紗音の為でしたが、同時にベアトの為でもありました。ベアト自身も人に恋する気持ちを知りたかったのです。こうして、もし戦人が戻った時に、紗音が望んだら“恋の芽”を紗音に返す約束で、ベアトは戦人への恋心を引き受けました。また、紗音の孤独を慰める為、新たな福音の家出身の使用人という設定で、空想の弟である“嘉音”を生み出しました。しかし、この嘉音はある事件をきっかけに、紗音の3つ目の人格である“嘉音の人格”となり、また、紗音は実際に六軒島において、嘉音としても働くことになります。

 その事件は、ある日、紗音が着替えている最中に、朱志香が何気なく扉を開けてしまったことから始まります。紗音は元々男性ですから、胸がありません。それを目撃した朱志香は茫然自失となってしまいました。その隙に紗音は扉を閉め、鍵を掛けて、扉越しに朱志香と会話することになります。紗音自身も秘密が発覚したことに混乱し、とっさに自分は紗音の弟の嘉音で、たまたま遊びに来ていたのだと説明しました。そして今、紗音は買い物で島外に出ており、自分は留守番をしているのだ、と。朱志香は紗音の胸に意識が集中していましたし、紗音は上半身裸の上、化粧をする前でしたので、この言い訳が通ってしまいます。朱志香は直接顔を合わせて話そうとしましたが、嘉音に断られた為、諦めて扉の前から去りました。こうしてその場は何とか乗り切った紗音でしたが、その後、嘉音に興味を持った朱志香から、何度も嘉音について尋ねられる為、源次に相談しました。源次は考えた末、金蔵、自分、熊沢、南條が協力すれば、何とかなるだろう、と、紗音を嘉音としても六軒島で働かせることにしました。皆、ベアトリーチェの死と紗音の崖からの転落による障害に、それぞれ責任を感じていましたので、紗音の為に何かしてやりたかったのです。こうして紗音は週に3日ずつ、紗音と嘉音として、六軒島で働くことになりました。紗音は戦人に好かれたい一心で、胸を巨乳に偽装し、念入りに化粧していましたから、髪を染めた上で短くして(紗音時にはウィッグを使用)、胸の偽装をなくし、化粧を落とした紗音が、嘉音として振舞うことに疑念を持つ者はいませんでした。

 恋の芽をベアトに譲った紗音は、戦人への想いを忘れたわけではありませんでしたが、失恋の想い出として受け止められるようになっていました。そんなある日、紗音は譲治の優しさに触れ、譲治を意識するようになります。しかし、低学歴で無能無資格無教養な使用人である紗音では、譲治にはつりあわない、と絵羽に釘を刺され、自分が譲治に恋することは許されないことだと思い知ります。そんな紗音の前に再びベアトが現れますが、紗音はベアトのことを覚えていませんでした。恋の芽をベアトに譲った際に、ベアトの存在そのものも忘れてしまっていたのです。ベアトは紗音を家具の呪縛から解き放つには、何らかの結果を残す行動が必要だと考えました。そのために、悪霊が封じ込めているという伝説の、鎮守の社の鏡を割らせることにしました。禁忌を侵し、その罪を背負う覚悟がなければ紗音は変われないと思ったのです。もともと譲治も紗音に好意を持っていましたから、譲治と紗音の関係は少しずつ進展していきましたが、紗音は鏡を割る決意を固められないまま、時間だけが過ぎていきました。

 それからしばらく経った1984年11月29日、紗音は魔女の碑文を解いたことにより、右代宮家の真の当主となります。そして、その際、金蔵が実は父であったことを知り、その後、事情を知る者達(源次、南條、熊沢)から、様々な話を聞かされます。金蔵とビーチェの馴れ初め、九羽鳥庵のベアトリーチェに対する金蔵の苦悩、金蔵とベアトリーチェの子どもである自分が、孤児として福音の家に預けられた訳。しかし、金蔵を嫌っていた紗音は、それらの話をそのまま事実だとは受け止めませんでした。金蔵のことだから、もっと悪どいことをしたに違いないと考えたのです。また、この時初めて、自分は元々男性であり、自分に胸がないのは女性ではなかったからだということを知りました。紗音は自分が何かおかしいことは理解していましたが、原因が解るまでは、発育が遅れているだけだ、胸が小さいだけだ、と考えることも出来ました。しかし、もうその考えは棄てなければなりません。そして、ますます譲治との仲が進展したある日、紗音は譲治の夢について話を聞き、絶望します。譲治は多くの子どもや孫に囲まれた将来を希望しているのです。しかし、自分にはその夢を叶えることは出来ない。追い詰められた紗音は魔女に縋るしかなくなります。かくして1985年12月、紗音は鎮守の社に赴き、鏡を割りました。家具をやめ、人間として生きる決意と共に。

 1986年、11月に控えた親族会議を前にして、紗音は絶望的な苦悩の真っ只中にいました。プロポーズされるまでに至った、譲治との関係は一見、順風満帆に見えましたが、自分の体のことを伝えていないため、いつ破局を迎えてもおかしくない状況です。さらに嘉音が朱志香を愛するようになっていた為、譲治と結ばれることになれば、自動的に嘉音と朱志香の関係は破局します。その上、6年間六軒島に顔を見せなかった戦人が、親族会議にやってくることになりました。それに伴い、ベアトから恋の芽を返還されたため、戦人への恋心も思い出してしまいました。生真面目な性格の紗音は、3つの恋心に優越をつけることが出来なかった為、魔女の碑文を用いたゲームに運命を委ねることにしました。1986年11月5日の24時までに誰も碑文の謎が解けなければ、自分の勝利。この場合、島の全てが爆弾で吹き飛び、黄金郷において、譲治とも、朱志香とも結ばれます(ようは無理心中)。誰かが碑文の謎を解けば、自分の敗北。この場合、全てを諦め、自分の計画を告白し、成り行きに任せます。酷く叱られることにはなるでしょうが、その後、譲治か朱志香か、どちらかと結ばれる可能性も考えられなくはありません。そして、紗音はこのゲームに、もう1つの意味を加えます。戦人は自分との約束を忘れてしまいましたが、死ぬ前にどうしてもそれを、戦人自身の力で思い出して欲しかったのです。もし、戦人が約束を思い出してくれれば、自分が抱える3つの恋、全てを黄金郷で叶えることが出来るかもしれません。その為に“六軒島連続殺人事件”を偽装し、ミステリーとして戦人に提示することにしました。

 1986年11月4日の親族会議に際し、紗音はいくつかの事前準備をしました。まず1つ目、複数のメッセージボトルを用意しました。メッセージボトルの中身は11月4日と5日の間に六軒島で発生する連続殺人事件の物語です。これは爆発によって六軒島の全てが吹き飛んでしまうため、猫箱に閉ざされることになる六軒島の真実に、世間の注目を集める為です。犯人によって行われる真相の告白がいくつも見つかれば、多くの人が関心を持ち、中には自分で真相を考え、真似をして同じようなメッセージボトルを書く人間も出てくるだろう。そうすれば、その中には自分と譲治が、あるいは嘉音と朱志香が、自分と戦人が、それぞれ結ばれる物語が描かれることになるかもしれない。これこそが全ての願いが叶えられる黄金郷なのだ、と紗音は考えたのです。このメッセージボトルは11月4日に空き時間を利用して、密かに海に流します(あまり早めに流して、爆発前に発見されるとまずい)

2つ目、爆発によって遺族となる者たちへの見舞金を用意しました。基本的に親族は家族ごと島に来ますので、遺族は発生しないのですが、病弱な縁寿は当日欠席する可能性が高く、使用人や南條は島外に家族がいますので、その人たちへのせめてもの償いとして、お金を渡したかったのです。源次に頼んで黄金の一部を現金にしてもらい、そのお金を貸し金庫に預け、カードと鍵と暗証番号を封筒に入れ、遺族となる人を差出人、死亡する人を受取人にして、宛て所不明になる住所を受取人の住所として書きました。こうしておけば、親族会議の前にポストに投函することによって、幾日かの調査期間を経て、六軒島の爆発後、遺族の手に封筒が渡ります。この封筒は11月3日にポストに投函します。

3つ目、蔵臼のモーターボートを修理という名目で潜水艦基地に隠しました。台風の具合や親族の心理状況によっては、モーターボートが脱出に用いられる可能性があったためです。4つ目、当日に勤務となる、源次、熊沢、郷田、それと主治医の南條に事情を話し、戦人の気持ちを確かめる為に狂言殺人のミステリーに協力して欲しい、ということで共犯になってもらいました。以上で事前準備は終了です。 

 1986年11月4日当日、紗音の計画は思惑通りに進んでいました。縁寿は予想通り、体調を崩して親族会議を欠席、台風によって島は外部から遮断されました。しかし、親族会議以後、思いがけない展開が待ち構えていました。大人たちは魔女の碑文の謎を解き、紗音が拠点としていた地下貴賓室に至ってしまったのです。紗音は自分が敗北したことを悟り、全てを告白しました。これで全てが終わった、と考えた紗音でしたが、大人たちは黄金の分け方を巡って争いとなり、その中で絵羽が銃の暴発によって夏妃を射殺してしまいました。激怒して絵羽に掴みかかろうとする蔵臼でしたが、それを止めようとする秀吉と揉み合う中で、またしても暴発が起こり、蔵臼も死亡します。爆弾によって殺人の隠蔽を図ろうとする絵羽と、黄金を失いたくない楼座が対立しますが、その隙に、霧江は発射されていない銃を持っていた楼座を射殺しました。当初、紗音は状況が理解出来ませんでしたが、霧江の話を聞くうちに、霧江が島にいる人間を皆殺しにして、爆弾で証拠隠滅を図ろうとしていることに気がつきました。しかし、現状の自分ではどうすることも出来ない為、万が一の場合は死んだフリをしよう、と、こっそり殺人事件擬装用の赤い塗料を口に含みました。もし、死んだフリでこの場を逃れることが出来たなら、霧江に狙われるであろう他の在島者を救えるかもしれない、と考えたのです。はたして、霧江は秀吉と絵羽を撃った後、紗音も撃ちました。幸い、弾は外れ、紗音は口から塗料を吐き出してそのまま倒れました。しかし、これは死んだフリではなく、紗音は撃たれた時の衝撃で気絶してしまったのです。

 紗音が意識を取り戻した時、地下貴賓室には蔵臼、夏妃、楼座、秀吉の遺体が残されていました。ゲストハウスに向かう途中で戦人と遭遇し、戦人に事情を説明しました。戦人は当初、何かの冗談かと、なかなか信じませんでしたが、何とか説得しました。ゲストハウスのみんなを救う為、ゲストハウスに戻ろうとしたところで、対峙する絵羽と霧江の姿を発見し、隠れて様子を伺いました。そして2人の会話から、もう生存者は自分達だけだと理解します。絵羽が霧江を射殺しましたので、紗音は戦人を連れて絵羽から逃げることにしました。紗音は絵羽の殺人を目撃していますし、紗音から話を聞いた戦人も状況は理解しています。霧江と同じく、絵羽も証拠隠滅の為に2人を殺そうとするかもしれない、と考えたのです。絵羽はこの後、九羽鳥庵に逃れるはずですから、絵羽を避けるために、紗音は戦人を潜水艦基地に案内することにしました。この時間にボートのところに行っても、台風は収まっていませんし、外は真っ暗ですから脱出するというわけにもいきません。ですから紗音は戦人と共に、かつて日本軍が居住していた部屋で、台風が収まるまで待つことにしました。その際、紗音は自分が碑文の謎を解き、真の当主になっていたこと。戦人が約束を忘れられたと考え、譲治を愛するようになったこと。譲治への想いと、もう1つの人格である嘉音の朱志香への想い、ベアトの人格に預けていた戦人への想いの板挟みにより、島を爆発させようとしたこと。戦人に約束を思い出して欲しくて、狂言殺人のミステリーを予定していたこと、などを戦人に話しました。一方で戦人も自分は約束を忘れていなかったこと。紗音は譲治と付き合っているという話を聞いて、紗音は自分よりも譲治を選んだのだ、と考えたことなどを紗音に話しました。この時、ようやく2人は、自分達が6年前からずっとすれ違っていたことを理解したのです。紗音がメッセージボトルのミステリーを戦人に話して聞かせたところ、戦人は全て、正解してみせました。ミステリーを愛し続けてきた戦人にとって、紗音のミステリーはそれほど難しいものではなかったのです。そして、5日の24時に爆弾が爆発しましたが、この場所は屋敷から1km以上離れている為、2人は無事でした。

 11月6日、台風は過ぎ去り、晴天となっていました。紗音は戦人にボートの操縦法を教えました。惨劇の責任を感じて、戦人だけを脱出させようと考えたのです。ところが、戦人は十字架は2人で背負おう、と紗音を抱き上げ、ボートに乗せました。そして、2人は島を脱出しました。しばらく進んだところで、紗音はキスをしたいからと戦人に目をつぶらせ、その間にボートに積んできたインゴットを重石にして、海に飛び込みました。自分の計画が結果として、このような惨劇を起こしてしまった。さらに言えば、碑文の謎が解かれなければ、爆発によってみんなを殺すつもりだった。そんな自分がこれ以上生きられるわけがないと考えたのです。自分は戦人が約束を覚えていてくれて、共に生きようと言ってくれたことで、もう思い残すことはない。また、自分が戦人と結ばれたなら、譲治との、嘉音と朱志香との想いはどうなるのか、という想いもありました。しかし、戦人は紗音を追って、自分も海に飛び込んできました。戦人は何とか紗音の手を掴みましたが、紗音を引き上げることは出来ず、とうとう力尽き、その手は離れてしまいました。紗音は、戦人の体が眩しい海面へ向かって浮かんでいくのを見て、安堵しました。これで戦人は助かる、と。戦人の体が光の世界へ、点となって消えたのを見届け、紗音は目を閉じました。そして奈落の世界へ落ち行くことに、永遠の孤独の世界に、全てを委ねるのです。しかし、その時、紗音は気がつきました。戦人がすぐそこにいることに。そんなはずはないのに、戦人はもう、遥かかなたで点になっているのに。でも、それは確かに戦人でした。戦人は紗音を抱きしめ、紗音も戦人を抱きしめました。2人は1つとなって、奈落へと沈んでいきました。

 

※以上が右代宮家第二のキーパーソン、安田紗音の物語です。EP2、7、8で語られた内容によって

構成しました。結構、長くなってしまいましたが、この作品のメインとなる話ですので仕方のないことでしょう(実は次はもっと長い…)。最後の部分は迷いましたが、普通に書いても味気ないので、本文をなるたけそのまま使いました。実は今回、書いている途中で指が動かなくなりました。どうもこれまでの解釈だと話がおかしいのです。“戦人が約束を思い出したら戦人と結ばれる”どうしてもこれに納得がいかなくなり、解釈を変更しました。

また、EP7のお茶会で語られた内容をそのまま採用しました。僕はEP7のお茶会を“ゲームマスターの干渉のない、駒がAIだけで行動したゲーム”と考えていますから、あれが真実だとは思っていませんが、

書いているうちに何となくそのまま使ってしまいました。結構、スケジュールがタイトで、紗音が誰も救出することが出来ずに戦人と合流し、霧江たちや絵羽と遭遇せずに全員の死亡を確認出来る状況はあれしか思いつきませんでした。自分の中にあるものを出力するだけのはずなのに、書くことによってこれまで気がつかなかったことに気がついたり、考え方や解釈が変わってしまったりするから、不思議なものです。

『最考考』を理解出来ない人のために書き始めた“『うみねこ』の歩き方”でしたが、思いがけない効果を僕自身に与えてくれました。

紗音がやろうとしたことはあまりに身勝手ですが、その生育環境にかなり問題があること、図らずして分不相応な“力”を手にしてしまったことなどから、同情の余地があると思います。紗音と譲治のすれ違い、紗音と戦人のすれ違い、この物語においてもやはり“すれ違い”がキーワードになります。また、この作品には“負の連鎖”があります。青春時代を操り人形として過ごさざるを得なかった金蔵の歪みが紗音の人生を狂わせ、紗音の歪みが惨劇を引き起こします。そして、その歪みは縁寿にも引き継がれます。次は右代宮家第三のキーパーソン、右代宮縁寿の物語です。

 

右代宮縁寿の物語

 

 縁寿が6歳の時、縁寿の一族である右代宮家は、伯母である絵羽以外、全員事故で死亡したことになっています。六軒島爆発事故と呼ばれるその事故は、1986年11月5日24時ちょうどに発生しました。この事故によって、六軒島にあった右代宮家の屋敷は、直径1km、深さ数十mのクレーターを残して消滅。親族会議に出席する為、当時、六軒島に在島していた、縁寿の両親と兄を含む右代宮家の親族とその他の関係者、合計17人の在島者は行方不明となりました。いくつかの断片的な遺体の一部は発見されましたが、顎部の一部が発見されたことにより、歯の治療記録から本人を特定できた真里亞は貴重な例で、ほとんどは誰の身体の一部かも解らないという惨状でした。事故から十数年経過した現在では、屋敷から2km離れた場所にあった隠れ屋敷“九羽鳥庵”にいた絵羽だけが、唯一の生存者であると考えられています。

 このあまりにセンセーショナルな事故に、世間の関心は唯一の生存者である絵羽に集中しました。台風の夜に、まともな道はなく、2kmも離れた場所にある九羽鳥庵にどうやって辿りついたのか。また、何故、絵羽だけが九羽鳥庵にいたのか。多くの疑問がありましたが、絵羽は何も語りませんでしたので、ますます世間の事故への関心は高まりました。しかし、警察の徹底的な捜査をもってしても、事故の真相は明らかになりませんでした。そのため、ワイドショーや週刊誌は右代宮家について調べ上げ、あることないこと散々に放送、あるいは書き立てたのでした。その後、絵羽は相続した右代宮家の莫大な財産を活用して、金蔵がかつてそうしたような荒っぽい方法で、手段を選ばない利殖を繰り返し、莫大な財産を築き上げました。自分が傷つけられたが為に、他者を傷つけ、その為に恨みや憎しみを買い、再び傷つけられる。絵羽はそんな生き方を六軒島爆発事故後、12年間も続けたのです。

 右代宮家、最後の生き残りである絵羽と縁寿でしたが、その関係は最悪でした。絵羽は右代宮家の栄光と歴史の全てを背負うことになる縁寿に、かつて自分が乗り越え、そして愛する息子である譲治にも課したような、厳しい教育を施そうとしました。しかし、縁寿はもともと絵羽に対して良い感情を持っていなかった上、何かにつけて両親である留弗夫と霧江を侮辱することが許せなかった為、絵羽を新たな母とは認めず、絵羽の教育も拒否しました。縁寿には絵羽が自分を嫌って、苛めているようにしか思えなかったのです。その為、脱走を企てましたが、捕まり、酷い罰を受けました。そして以後は自由な行動と時間の全てを奪われた上、四六時中を監視下に置かれ、やがて全寮制の学園、聖ルチーア学園に囚人として幽閉されることになります。

 事故から12年後の1998年10月4日、18歳に成長した縁寿は、今際の際にある絵羽に呼び出されました。この頃の絵羽は縁寿を完全に憎むようになっており、また、被害妄想の虜になっていましたので、精神に異常をきたしていました。しかし、心のどこかに自分亡き後、縁寿がどのように生きるのか心配する部分があり、縁寿に発破をかける為に最期の言葉を投げかけるのです。しかし、絵羽を心底嫌い、憎んでいる縁寿には絵羽の想いは届かず、絵羽亡き後、縁寿の姿は高さ200mの超高層ビルの屋上にありました。絵羽を憎み、絵羽に反抗することだけを考えてきた縁寿には、もはや生きていく気力が残されていなかったのです。眼下に星の海を臨み、縁寿が一歩を踏み出そうとした時、漆黒と夜景の中空に不思議な少女の姿を認めた気がしました。縁寿はその少女に見覚えがありました。夢の中で幾度もその少女に語りかけられていたのです。少女は夢の中で聞いたのと同じ声で、“奇跡の魔女”ベルンカステルと名乗りました。ベルンカステルは家族の仇はベアトリーチェであると説明し、縁寿に復讐の機会を与えると共に、家族を助けるチャンスを与えると言います。縁寿はベルンカステルの言葉を信じ、家族を救う為に魔女ベアトリーチェと戦う決心をします。その時、絵羽の護衛たちが屋上に現れました。縁寿が自殺でもするのではないか、と心配する小此木社長の指示により、縁寿を保護すべく捜索していたのです。しかし、縁寿は護衛たちの制止を振り切り、漆黒の中空に足を踏み出しました。

 数日後、縁寿の姿は小此木の前にありました。ビルから飛び降りた縁寿は、改装工事中の転落防止ネットを何層も突き抜け、アトリウムの宙を飾っていた色とりどりの横断幕に受け止められては滑り落とされ、…最後の横断幕1枚にふわりと受け止められて無傷で地上に降り立ったのです。屋上で縁寿の目の前に現れた謎の少女、ベルンカステルは夢の中で、12年前に何があったか、その真実に辿り着きなさい、と言っていました。そして、それが出来るのは1998年に生きる縁寿だけ、とも。1986年10月4日と5日の真実を明らかにする、それは縁寿が家族の仇と信じる、絵羽の犯罪を明らかにすることでもありました。その為に縁寿は、最も事情に詳しそうな小此木を訪ねたのです。絵羽亡き今なら、秘めていた真実を明かしてくれるかも、と期待して。

 しかし、小此木の見解は六軒島爆発は単なる事故だろう、というものでした。絵羽は腹心である小此木にさえ、事故の真相は話していなかったのです。その為、小此木は個人的な見解として事故の真相を語りました。それは、金蔵は自分の後継者として絵羽が相応しいと考えており、本来の後継者である蔵臼を飛び越えて、絵羽に当主を引き継がせる為に、魔女の碑文を用意した。そして当日、絵羽が金蔵の指示に従い1人、隠し館である九羽鳥庵に行ったところで、爆発が起き、絵羽以外は死んでしまった、というものでした。右代宮家の内情を良く知り、絵羽の家族への深い愛情を知る小此木には、絵羽が家族を殺して生き残るとは考えられませんでしたし、警察の捜査で絵羽が犯人だと断定出来なかった以上、そう考えるのがもっとも妥当だったのです。しかし、絵羽を嫌い、絵羽の犯罪を暴きたいと願う縁寿には、その考えを受け入れることは出来ません。そんな縁寿に小此木は言いました。縁寿の中の真相は絵羽が犯人であることで決まっている。それならば、どんな新情報を手に入れても、縁寿の結論は変わらない。本当の真相が知りたいのなら、異なる立ち位置からも物事を眺める必要がある、と。

 縁寿が小此木と話している最中に、縁寿の母、霧江の妹(縁寿の叔母)である須磨寺霞がやって来ました。須磨寺家は京都の旧家ですが、現在は斜陽を迎えており、莫大な財産を相続した縁寿の後見人の座を狙っているのです。小此木の立場は微妙でした。絵羽が後継者を明確に指名しなかったため、右代宮グループの有力者同士での綱引きが発生していたのです。そんな中、筆頭株主である縁寿が、財産を全て売却して何処かへ寄付する、などと言い出したものですから、グループは揺れに揺れ、須磨寺家の介入を許してしまいました。もし、須磨寺家の思惑通り、縁寿の後見人の座が須磨寺家のものになるのなら、ここで須磨寺家の不興を買うわけにはいきません。かといって、縁寿を野放しにすれば、宣言通り、財産を全て第三者に売却し、グループは崩壊することになりかねません。そこで、小此木はかつて絵羽の護衛を務めていた天草十三を護衛という名目で縁寿にあてがい、縁寿の逃亡を援助することにしました。縁寿の来訪を報告することで、須磨寺家に協力する意思を示し、一方で護衛をつけて逃亡を援助することで、縁寿の歓心を買いつつ、縁寿の動向を監視することが出来る為です。

 かくして、天草の助けを得て、霞の手から逃れた縁寿は、12年前の真実を知る為の旅に出発します。まず縁寿は、大月教授と面会しました。大月は“六軒島ウィッチハンター”と呼ばれる、六軒島爆発事故をオカルトの側面から説明しようと試みるマニアの1人であり、日本有数のウィッチハンターなのでした。絵羽に最も近い立場だった小此木から、絵羽を擁護する立場からの話を聞くことが出来ました。ですから今度は、全くの第三者でありながら、事件に最も詳しい大月に話を聞くことにしたのです。大月によると、六軒島が魔女の島として世界的に有名になったのには、2つの理由がありました。

 1つは事故から半年しか経ておらず、危難失踪が成立していなかった為、一時的に経済的に困窮していた絵羽によって行われた“右代宮蔵書の流出”です。九羽鳥庵に残されていた金蔵の蔵書を絵羽が競売に掛けたところ、その中には千年以上にも亘る間、その存在だけが知られているにもかかわらず、発見されていなかった数々の極めて重要な文献が含まれていたのです。そして、金蔵の書斎は爆発によって吹き飛んでしまいましたから、その書斎にはもっと価値のある文献が収められていた可能性もあるのです。

 2つは“メッセージボトル事件”です。右代宮蔵書で六軒島が世界的注目を浴びた為、式根島の若い漁師が、事故後、拾って保管していた手紙入りのワインボトルを公表しました。当初、このメッセージボトルの信憑性は低いと考えられました。ワインボトルの中のノート片に書かれていた署名が、右代宮真里亞のものでありながら、真里亞の筆跡ではなかった為です。しかし、同様のメッセージボトルが、事故当日に警察による遺留品捜索で周辺海域から回収されていたことが判明し、センセーションを巻き起こします。漁師のメッセージボトルと、警察のメッセージボトルの筆跡が一致したのです。2つのワインボトルの中には、ノート片が何枚もぎっしり詰められていました。それは、右代宮真里亞を名乗る本人以外の何者かによる、事故前日から当日を日記風に記した膨大な手記でした。台風で島に釘付けにされた右代宮家の親族たちが、魔女復活の儀式に巻き込まれ、次々に不可解な方法で殺されていく様子が記されており、そして最後に黄金の魔女ベアトリーチェが蘇り、全てを黄金郷に飲み込む。……まるで、それこそが当日の全容であるかのように記されていました。また、当時の島の状況についても非常に詳しく描写されており、右代宮家に勤務したことがある元の使用人たちは、間違いなく内部に詳しい人間が書いたに違いないと証言しました。ところがこの2つのメッセージボトルはそれぞれ全く内容が違うものでした。2つの日記は、どちらも魔女の碑文に沿った連続殺人を描いていましたが、犠牲者の順番も死に方も、“二日間の物語”さえも違いました。しかし、どちらも最後は全員が死亡し、魔女が復活するという同じ顛末を描いていたのです。縁寿は大月との別れ際に、真里亞が遺した“魔導書”を見せました。その魔導書にはベアトリーチェの署名が記されていたのです。そして、大月の反応から、縁寿は2つのメッセージボトルの筆跡と、この署名の筆跡が一致することを知りました。メッセージボトルの書き手は、真里亞の側にいたのです。

 次に縁寿が訪ねたのは、南條の息子である南條医師でした。南條医師は新島で南條が開業した診療所を引き継いでいました。南條医師は当初、かつてウィッチハンターやマスコミの執拗な取材攻勢に苦しめられた為、縁寿に否定的な態度を示しましたが、私はあなたよりも遥かに大きな被害に遭ってきた、と主張する縁寿の迫力に負け、重い口を開きます。そして、長年隠し続けてきた封筒を縁寿に見せました。その封筒は消印が1986年の10月3日の新島内になっており、差出人は南條医師本人。しかし、南條医師本人にその封筒を出した覚えはなく、受取人は“南條輝正”南條医師の父であり、六軒島爆発事故で亡くなったはずの南條でした。送付先住所は“北海道礼文島礼文郡礼文町1−2−34−567”日本の最北端であると共に、明らかに存在しない住所です。この封筒は事故の数日後に南條医師の元に“住所不明”ということで還付されてきました。つまり、何者かが南條医師を騙り、事故の数日後に、この封筒が南條医師に届くように手配したのです。封筒の中身は畳まれた小さな手紙と、ナンバープレートの付いた小さな鍵、それと磁気カードでした。手紙には“07151129”という数字と、誰もが知る日本の某巨大銀行の名が記されており、鍵のナンバープレートにはA112と刻印されていました。南條医師が銀行を訪れたところ、厳重なセキュリティに保護された地下4階の大金庫室に案内され、A112の金庫には1億ほどの現金が入っていました。南條医師はこれには関わるべきではないと考え、そのまま金庫を施錠し、封筒を誰にも知らせず12年間隠し続けてきたのでした。縁寿が確認したところ、その封筒の筆跡は真里亞の魔導書に記されたベアトリーチェの署名と同じものでした。

 同じような封筒は、次に訪ねた、熊沢の息子である鯖吉の元にも届いていました。差出人は鯖吉本人、しかし南條医師と同じく鯖吉にもそのような封筒を出した覚えはありませんでした。こちらの受取人は“熊沢チヨ”で送付先住所は“沖縄県八重山郡与那国町1−2−34−567”こちらも日本の最西端であり、明らかに存在しない住所です。鍵のナンバープレートはA113。鯖吉は銀行に確認には行きませんでしたが、こちらも大金が入っているのでしょう。そして縁寿は自分もかつて、同じような封筒を受け取っていたことを思い出しました。当時、6歳だった縁寿には封筒の中身が理解出来ず、その後のゴタゴタでどこかに紛失してしまったのです。ベアトリーチェを名乗る何者かは、六軒島爆発事故で遺族になる者に、大金が渡るように手配していました。つまり、あの事故は偶発的に起きたものではなく、ベアトリーチェによって計画的に引き起こされた事件だったのです。そして、そのような大金を用意出来たことから、それは絵羽ではありえません。本来ならばメッセージボトルの物語のように、絵羽は六軒島で死亡するはずだったのでしょう。しかし、何らかの手違いで生き残ってしまったのです。

 縁寿が最後に訪ねたのは、マルフク寝具店に住む、川畑船長でした。川畑は12年前、六軒島への連絡船の船長を務めていましたが、大きな病気をして体調を崩してからは引退し、息子夫婦の家で世話になっていたのです。川畑は縁寿のことを覚えており、1986年の10月4日に親族を六軒島に運んだ際に、戦人が落ちる落ちると騒いだことさえ覚えていました。縁寿が頼むと、川畑は特別にかつて使っていた船を1日だけ返してもらい、縁寿を六軒島に乗せていくことを約束してくれました。元々、漁民たちの間では六軒島は不吉の島と恐れられており、12年前の事故で、それは頂点に達しました。彼らは海を尊敬し、畏怖し、そして信心深い為、呪われた島に船を出そうとする船乗りはほとんどいなかったのです。その為、興味本意で六軒島を目指したウィッチハンターの多くは島へ渡ることが出来ず、せいぜい、島の周りを周遊するのが限界でした。ですから川畑に断られれば、縁寿が六軒島に行くのは絶望的だったのです。縁寿は船代にと、大金を川畑に渡そうとしましたが、川畑は断りました。自分の仕事は右代宮家の親族を無事に送り迎えすることだった。しかし12年前、それを果たすことが出来なかった。それが縁寿のおかげでようやく果たすことが出来る。だからむしろ、縁寿には感謝しているのだ。そしてカネなら当時、金蔵から充分に貰っている、と。

 縁寿はマルフク寝具店からの帰り際、布団売り場の片隅で“さくたろう”を発見しました。さくたろうはかつて、真里亞の母である楼座が、娘である真里亞の為に誕生日プレゼントとして作った、世界でたった一つだけのぬいぐるみです。真里亞は楼座が自分の為に作ってくれたさくたろうを、何よりも大切にしていました。しかし、自分の言うことをきかない真里亞に激怒した楼座によって、ズタズタに切り裂かれてしまったのです。そんなさくたろうがマルフク寝具店にあったことで、縁寿はさくたろうが楼座の“魔法”によって生み出されたことを知りました。仕事と男遊びに忙しかった楼座は、真里亞の為にぬいぐるみを作る時間がなかった為、市販されていたぬいぐるみ形の枕を自分が作ったことにして、真里亞に与えていたのです。しかし、そんな事情を知らない真里亞にとって、さくたろうは楼座が自分の為に愛情を込めて作ってくれた、世界にたった1つの、かけがえのない親友だったのです。

 六軒島への航海途上、川畑は九羽鳥庵の物資運搬に使われていた、もう1つの船着場について、縁寿に話してくれました。その船着場のことを知るのは、金蔵、源次、南條、熊沢、それに高齢の使用人が数人、そして川畑をはじめとする船の関係者のみでした。川畑自身は九羽鳥庵についてはその存在を聞かされてはいましたが、実際に足を運んだことはありませんでした。しかし、川畑が船で運んだ雑貨の中には女性しか使わない、しかも高級品が多く含まれていたため、川畑は九羽鳥庵には誰か女性が住んでいることを確信していました。ところが川畑によると、1968年頃に源次から突然連絡があり、それまでは定期的に食料やゴミの運搬をしていたのが、停止され、それ以降、川畑がもう1つの船着場に荷物を運ぶことはありませんでした。川畑は九羽鳥庵のことを知る使用人たちの様子や、源次から念入りに口止めされたことにより、ベアトリーチェが亡くなったのだろうと推測しました。

 六軒島に着いた縁寿は、天草に待機するよう指示し、一人で屋敷跡に行くことにしました。屋敷のあった場所はすっかり様変わりしていました。かつては高台にあったのに、爆発によって大きく陥没し、遥か崖下になっていました。丘の上から眼下を見下ろし、縁寿はこれまでの旅を振り返ります。初めは死ぬための旅でした。しかし、今は何かを成し遂げる旅に変わっています。12年前を暴く旅は、初めはその目的も抽象的なものでした。しかし、今、縁寿は理解しています。この旅は、12年を経て、様々な思いや運命によって誘われたものであり、縁寿にとって、過去を過去として終わらせる旅なのです。縁寿は右代宮家の最後の人間として、そしてマリアージュ・ソルシエール最後の魔女として、ここまでやって来ました。縁寿は真里亞に謝罪し、伝えます。かつての自分が魔法を理解出来ず、真里亞を傷つけたこと、そして今では魔法を理解し、真里亞が縁寿に見せたかった世界を、全て受け入れられることを。縁寿が取り出した真里亞の魔導書のページが、風で次々にめくられていきます。最初のほうは優しさに満ちた世界でした。カラフルなイラストで彩られ、毎日を楽しくする魔法が記されています。しかし、その世界はやがて、様変わりしていきます。黒一色で記された、不気味な魔法陣や、悪魔の召喚術、そして人に害を為すための邪悪なる魔法が記されるようになっていくのです。縁寿はそのきっかけこそが、かつての自分が真里亞の魔法を拒絶したことなのだと考えました。自分が六軒島に導かれたのは、最後の魔女として、マリアージュ・ソルシエールを元の優しい魔女同盟に戻す為なのだ、と縁寿は信じ、真里亞に呼びかけました。

 しかし、縁寿の前に現れたのは、部下を引き連れた須磨寺霞でした。霞は縁寿の目的地が六軒島であることを推測し、待ち伏せていたのです。縁寿は霞の部下によって袋叩きにされます。霞は縁寿を、そしてその母であり、自分の姉であった霧江を憎んでいました。何故なら、霧江が須磨寺家を勘当されたことにより、その後始末を押し付けられたばかりか、将来を誓い合った恋人と引き裂かれ、霧江の婚約者だった男と無理やり結婚させられたからです。縁寿の心を傷つける為に、魔法を馬鹿にし、真里亞の魔導書を引き裂き、踏み躙った霞に、縁寿は尋ねました。魔法を見せることが出来たなら、真里亞の魔法を信じるのか、と。肯定した霞に、縁寿は魔法を見せることにします。果たして、縁寿の魔法によって霞の部下達は次々に殺されていきます。縁寿の魔法とは、天草による狙撃でした。縁寿は霞の部下が持つトカレフの射程距離外からこちらを狙う、天草の存在に気がついていたのです。霞一味を全滅された天草が縁寿の前に姿を現した時、その手にはトカレフが握られていました。そして、そのまま縁寿を射殺しました。これは小此木の指示によるものです。六軒島で縁寿と霞一味が鉢合わせし、縁寿を殺されたが、天草が霞一味を返り討ちにした、ということで、小此木は須磨寺家に対し、交渉のカードを得ることが出来ます。縁寿が死ねば、右代宮グループは当面安泰です。その上、須磨寺家には釘も刺せます。さらに言えば須磨寺家も、持て余し気味の過激派の急先鋒、霞を綺麗な形で処分出来る為、両者は表面上、痛み分けで手打ちする、ということにしつつ、実は万々歳、というのが、小此木が描いたシナリオだったのです。

 

※以上で“■『うみねこ』の歩き方 そのA「右代宮家の物語」(ケーナ解釈)”は終了です。ということにしたら「何じゃそりゃ?」になると思いますので、このまま続けますが、ここからは平行世界やゲーム盤も入れていきます。というのはこれを入れておかないと、EP8における縁寿の心変わりが説明出来ないのです。というわけで、どっちにしろ「何じゃそりゃ?」になると思いますが「まあこっちの方が良いでしょう」ということです。

 

 ベルンカステルに誘われるまま、漆黒の中空に足を踏み出した縁寿が辿り着いたのは、ベアトの黄金郷でした。ベルンカステルから状況は聞かされていましたので、取りあえず、ベアトに騙されてサインしようとしていた戦人を止めました。ベアトの放った雷撃が縁寿に襲い掛かりましたが、1998年の存在である縁寿には、1986年のベアトの攻撃は通用しません。山羊に押さえつけられていた戦人を解放しましたが、6歳の縁寿しか知らない戦人には18歳になった縁寿が誰なのか判りませんでした。しかし、ベアトは縁寿と戦人のやり取りによって、未来からやって来た縁寿だと気がつきました。そして決着をつける為に、次のゲームに縁寿を誘うのでした。

 ゲーム盤に降り立った縁寿は、1986年10月4日の新島空港にいました。縁寿の横を懐かしい面々が通り過ぎていきます。その時、真里亞とはしゃぐ戦人の肩が縁寿に当たりました。しかし、戦人は縁寿には気がつかず、謝罪の言葉を残してそのままタクシーに乗り込み、港へと走り去っていきました。1986年の10月4日にこの場にいなかった縁寿には、戦人たちを止めることは出来ません。ですから、こうして父や母、そして戦人の元気な姿を見ることが出来、声をかけてもらえただけでも奇跡なのでした。縁寿はこの奇跡を噛み締め、ベアトとのゲームに臨みます。

 ゲーム盤において再会した戦人はやはり、縁寿のことが判りませんでした。前回のゲームで再会した時にも感じたことですが、戦人がとても幼く見えます。かつて6歳の縁寿にとって12歳年上の兄、戦人は何でも知っていて、何でも出来る、自分とはかけ離れた存在でした。しかし、こうして同じ18歳になってみると、自分と何ら変わるところのない、ごく普通の若者にしか見えません。そのことに失望を感じた縁寿にとって、戦人はどこか、腑抜けているように感じられました。自分が12年間、孤独の中で帰りを待ち続けていたというのに、戦人は両親と親族に囲まれ、敵であるはずのベアトとすら馴れ合っている、そんな姿に憤りすら覚えます。そして何より、縁寿がこの場に来たのは、ベアトを倒し、家族を取り戻す為です。戦人と馴れ合っていては、懐かしさのあまり、油断して自分の正体を明かしてしまうかもしれません。その為、ずっと会いたかった、愛する兄だというのに、ぶっきらぼうに接してしまうのでした。

 縁寿は戦人に自分を信用しないように、と、提言します。ひとつの目では距離は測れない。ふたつの目があって初めて物事は立体的に見え、その距離も測れる。……そして二つの視点があっても、同じ場所からでは意味がない。離れている方が、魔女を正確に測ることが出来る、と。それは奇しくも、現実世界においてビルから飛び降りて、奇跡的に無傷だった縁寿がその後、小此木から教わった考え方の応用でした。名前を尋ねる戦人に、縁寿はグレーテルと名乗ります。グリム童話の一篇『ヘンゼルとグレーテル』に登場する、愚かな兄を支える賢い妹です。しかし、戦人には縁寿がこの名前に込めた想いは届きませんでした。

 ゲームが進行し、楼座が真里亞が仲睦まじく振舞う様子を見た時、縁寿の中に怒りがこみ上げ、思わず、手に持っていたティーカップを地面に叩きつけてしまいました。真里亞の日記を読み、楼座が如何に真里亞をないがしろにしていたかを知る縁寿には、その光景は見るに堪えないものだったのです。しかし、縁寿が空想で生み出した“真里亞お姉ちゃん”はそんな縁寿を憐れみます。自分は日記に楽しく過ごした、と記したのに、縁寿にはそれが悲しい思い出としか、受け止められない。それは縁寿が、ある“力”を知らないからだ、と。真里亞は言います。世の中には、幸せのカケラも、不幸せのカケラも、どちらもいっぱいあって、世界を満たしてる。だから“力”によって身近の幸せが見つけられない人は、どこまで探しに行っても見つけられない。だから、永遠に縁寿は自分の幸せを見つけられないのだ、と。“力”とは何なのか知りたがる縁寿の前に、ベアトが現れ、真里亞と声を揃えて言いました。それは“魔法”なのだ、と。

 ゲームが進行し、ゲーム盤の戦人が6年前の約束を思い出せなかったことに失望したベアトは、ゲームを降りると言い出しました。ベアトに勝とうと意気込んでいた戦人にとって、これは拍子抜けでしたが、このゲームから解放されるなら、ということで納得しそうになります。ところが、そんな戦人の前にベルンカステルとラムダデルタが現れ、このままでは戦人は永遠にゲーム盤に囚われたままになると説明してくれました。これを戦人と縁寿が受け入れられるわけもなく、2人はベアトを非難します。するとベアトは、戦人に自分の対戦相手としての資格があるか問う、と言い出し、絶対の真実である赤字を用いて、戦人が母親であるはずの明日夢から生まれた子どもではない、という事実を突きつけます。そして、自分は金蔵の孫である“右代宮戦人”と戦う為にゲームを開催した以上、この場にいる戦人は偽物であり、留弗夫が用意した“右代宮戦人”の替え玉なのだと主張しました。戦人はベアトの赤き真実の前に屈し、ゲームを降りてしまいます。そして、ベアトはマリアージュ・ソルシエールの同胞、真里亞と共に黄金郷に篭りました。

 “魔法”を理解し、六軒島で射殺されたはずの縁寿がふと気がつくと、再び、ビルの屋上から足を踏み出した、中空にいました。不思議なことに、ベルンカステルの駒としてゲーム盤に参加した記憶も同時に持っています。魔法は愛と悲しみと怒りで出来ています。ベアトがどんなに残酷な魔女であったとしても、その魔法の源泉もまったく同じです。だからこそ、ベアトの世界を侵すことに、縁寿は躊躇いを覚えます。しかし、家族を取り戻す為には、ベアトの世界を切り裂き、再びゲーム盤に引き摺り出さなければなりません。縁寿は心を鬼にして、再びゲーム盤に挑みます。

 黄金郷に侵入した縁寿の前にはベアトと真里亞がいました。ベアトさえいれば他には何もいらない、黄金郷には全てがあるから、と主張する真里亞に、縁寿は言います。この黄金郷には真里亞が本当に求める者、さくたろうがいない、と。そしてベアトにさえ蘇らせることの出来ないさくたろうを、自分が蘇らせる代わりに、黄金郷から出ることを要求しました。ニンゲンが宇宙を生み出すための最少人数は2人、それが崩れれば世界は滅びます。黄金郷に引き篭もったベアトを引き摺り出すには、真里亞を黄金郷から出すことによって、この世界を滅ぼさなければならなかったのです。ベアトは、自分以外の魔法は存在出来ない黄金郷において、縁寿が魔法を使えるわけがないから、そんなことは無理だと言いましたが、縁寿は見事さくたろうを蘇らせてみせました。縁寿はマルフク寝具店で見つけたさくたろうを譲り受けていたのです。

 真里亞がさくたろうと共に消えたことで、ベアトの黄金郷は崩れ、ベアトは再びゲーム盤に引き摺り出されました。しかし、肝心の対戦相手である戦人はゲームを降り、抜け殻のようになっていました。そんな戦人に縁寿は赤字で宣言します。明日夢の息子でなくても、金蔵の孫であることは出来る。留弗夫の息子でさえあるならば、と。これにより、戦人の魂は僅かに戻りましたが、それでも、その目に光は戻りませんでした。アイデンティティを失い、赤字以外は信じられない、と言う戦人に、縁寿は赤字で、お兄ちゃん、と、呼びかけます。戦人を後ろから抱き締め、赤字で魔女を倒して帰って来て、と訴える縁寿の叫びを聞いて、ようやく戦人はゲーム盤に復帰します。しかし、振り返った戦人の眼前にあったのは、血と肉と服の山でした。縁寿には戦人に正体を明かしてはならないという制約があったのです。それを破ってしまった為、駒としての縁寿は消滅し、本来の縁寿が迎えるはずだった結末、200mの超高層ビルの屋上から飛び降りた結果としての、肉塊と化した遺体がそこにはありました。

 縁寿がふと気がつくと、いつの間にか見知らぬ応接室にいました。後ろには天草がいます。自分は絵羽の死亡後、真実を求める旅に出たはずではなかったのか、縁寿の頭は混乱しますが、入室してきた人物の名前を知ったことで、ようやく状況を理解しました。“八城十八”近年、話題になっている推理作家ですが、縁寿が八城を訪ねたのは、正体不明のメッセージボトル偽書作家“伊藤幾九郎〇五七六”としてでした。伊藤幾九郎〇五七六を数字に直すと、11019960576。これは18の8乗であり、伊藤幾九郎〇五七六の正体は八城十八であることに縁寿は気がついたのです。メッセージボトル偽書作家とは、その名の通り、六軒島の事件を記した謎のメッセージボトルの、文章を捏造して発表する者たちのことです。彼らは、新しいメッセージボトルが発見されたと称し、よく似た贋作、もしくは、真相を自分なりに解釈した新説を、右代宮真里亞の文書を騙って発表しています。伊藤幾九郎がこれまでに発表した偽書『Banquet of the golden witch』『Alliance of the golden witch』『End of the golden witch』は、その規模、完成度において、限りなく2つのメッセージボトルに近いと評価されており、特に『Banquet of the golden witch』は、これこそ六軒島の真実ではないか、とさえ囁かれ、ワイドショーで取り上げられたほどです。

 八城と話しながら、この出会いの“奇跡”を噛み締める縁寿の脳裏に、不思議な記憶が蘇ります。ほとんどの場合、自分は八城と会えずに明日、新島に出発してしまうのです。それから六軒島に行って、真里亞にさくたろうのぬいぐるみを…。何故、自分にはまだ見ぬ未来の記憶があるのか、混乱する縁寿でしたが、八城が未発表の偽書『Dawn of the golden witch』を見せたとき、全てを理解しました。八城は人間ではなく、魔女であり、自分は再び駒として魔女に弄ばれつつあるのだと。しかし、正体を現し、フェザリーヌと名乗った八城は、自分が縁寿に求める役割は駒ではない、と言います。ただ、自分の巫女として、朗読をして欲しいのだ、と。そして、縁寿はその見返りとしてフェザリーヌの力によって魔女達から保護され、真相を求める旅を続けることが出来るのです。駒である縁寿に、もともと選ぶ権利などありません。縁寿はフェザリーヌの巫女として『Dawn of the golden witch』を朗読することにします。

 縁寿とフェザリーヌは以前とは違う(朗読の前に、縁寿もこれまでのベアトのゲームのカケラを見せてもらった)ベアトの様子に戸惑いを覚えます。そもそもベアトは前回のゲームで消えてしまったのでは、という疑問を呈する縁寿に、フェザリーヌはゲーム盤における死には2種類あることを説明し、赤字で前回までのベアトは二度と蘇らないことを宣言します。そして新たに戦人が生み出したベアトは、ベアトの生まれ変わりのような存在である、と言います。縁寿は“ベアトの生まれ変わり”なのに、ベアトとはまったく違う、この“雛ベアト”にこそ、真相に至る鍵が隠されていると認識します。そして、戦人の望むベアトリーチェになる為に、かつての自分のことを知りたい、と、願う雛ベアトに、フェザリーヌはこれまでのゲームのカケラを見せることにします。

 縁寿は戦人に邪険にされても、ひたむきに戦人に尽くそうとする雛ベアトに疑問を持ちます。それは戦人がそのような設定で雛ベアトという駒を作ったからなのか、と。しかしフェザリーヌは、雛ベアトを生み出したのはゲームマスターのベアトであり、戦人は元々存在していた駒を盤上に置いただけに過ぎない、と言います。その話を聞いて、縁寿の疑問はさらに大きくなります。何故、ベアトは自分の駒に恋の肩代わりをさせるのか、そんなことをしても戦人が振り向くのは、ベアト自身ではなく、駒なのに、と。

 朗読が終わり、フェザリーヌから巫女の任を解かれた縁寿は、いつの間にか、八城の応接室に戻っていました。八城と会話しながら偽書を読み、読み終わってからも長く議論したというのに、八城と顔を合わせてから、2〜3時間しか経過していませんでした。縁寿は小此木への連絡の為、公衆電話を探しに行った天草の帰りが待ちきれず、八城への失礼な言動を詫び、八城宅を後にします。別れ際に縁寿は、八城に不思議な質問をしました。物語に登場した魔女フェザリーヌはあなたなのか、と。八城が縁寿に見せた偽書に、そんな魔女は登場しなかったというのに。しかし八城は、その質問を肯定しました。その後、縁寿は天草と合流し、新島に渡るため、港を目指すのでした。

 縁寿が再び、意識を取り戻すと、そこは見知らぬ劇場でした。縁寿1人ではなく、もう1人、客がいました。縁寿と同じ年頃のその客は、右代宮理御と名乗りましたが、縁寿には見覚えのない人物でした。しかし、縁寿が名乗ると、理御は縁寿を知っており、縁寿は6歳のはずだと言います。これにより、縁寿は理御が1986年の人間であることは解りましたが、父と母が蔵臼と夏妃で、朱志香は妹だと主張する理御に疑問を持ちます。朱志香は一人っ子ではなかったか、と。縁寿には何が何だか良く解らない状況でしたが、理御は事情を把握したようでした。そして、自分は縁寿とは別の世界の人間であり、縁寿の世界では、自分は右代宮家の人間ではないのだ、と説明してくれました。理御との会話の中で“ベルンカステル”の名が出たことにより、縁寿は自分が再び駒として魔女に手の内にあることを理解します。ここから逃げ出そうにも両手首と両足首が鎖のようなもので繋がれていたため、縁寿は観念して魔女の余興が始まるのを待つことにしました。

 しばらくすると、舞台にスポットライトが当たり、白いドレス姿の女性が照らし出されました。それは縁寿には見覚えのない人物でした。スポットライトが次々に増え、目も開けていられないほど眩しくなった時、物語は幕を開けました。それは1986年の10月4日の物語でした。当初、それはこれまでの魔女のゲームと何ら変わることのない、物語のように思えました。しかしこの物語においては親族兄弟全員の協力によって、事件が起こる前に魔女の碑文が解かれてしまいました。理御はこれでもう、誰も死ぬことはない。ゲームは終了だ、と言います。しかし、その後も物語は続き、銃の暴発により、絵羽が夏妃を殺してしまったことを発端に、殺戮劇が幕を開けます。しかも、その主役は、縁寿の両親である留弗夫と霧江でした。協力して島の人間を次々とその手に掛けていく留弗夫夫婦でしたが、留弗夫が絵羽に殺され、霧江と絵羽の一騎打ちとなります。そして、幼い真里亞まで殺した霧江を非難する絵羽に、霧江は自分の本心を語ります。縁寿は留弗夫の心を繋ぎとめる為の駒でしかなく、留弗夫亡き今、もはや必要ない、と。

 決闘を制したのは、絵羽でした。母が自らを否定し、喉に開いた穴から血を零しながら死にゆく様に、縁寿は耐え切れなくなって取り乱します。これはゲームだから、と、縁寿を宥めつつ、こんなゲームを縁寿に見せるベルンカステルを非難する理御でしたが、突如、劇場は闇に包まれました。再びスポットライトが当たり、先ほどと同じように白いドレス姿の女性が照らし出されました。理御が女性に呼びかけましたが、その瞳は虚ろで、まるで人形のようです。やがてもう一本スポットライトが、舞台袖のベルンカステルを照らし出します。理御はこのゲームのゲームマスターは貴方なのか、と問いましたが、ベルンカステルは否定しました。そして、この物語こそが、絵羽が最期の瞬間まで守りきった猫箱の中身なのだと言います。赤き真実での発言を求める縁寿に、ベルンカステルは応じようとしますが、縁寿の絶叫により、その言葉は途中までで遮られてしまいました。やがて縁寿はかつてのゲームと同じく、肉塊へと変わり果てます。

 他に誰もいない礼拝堂で泣き続ける少女が1人。それは6歳の縁寿でした。そこに魔法使いとなった戦人が現れます。あの日、六軒島で何があったのか、知りたがる縁寿に戦人は言いました。あの日、あの島で何があったのか話してあげる、と。そして、それは決して辛い話でも、悲しい話でもないのだ、と。戦人は縁寿の首に鍵がついた首飾りをかけ、言いました。この鍵を使うかどうかは縁寿自身が決めるのだ、と。戦人は縁寿をゲーム盤に連れていってくれると言います。そして、そこから帰るかどうかも縁寿自身が決めるのだ、とも。その時、縁寿は祭壇に一冊の本を見つけました。本に鍵が掛けられているのを見て、思わず自分が持つ鍵を見つめる縁寿でしたが、戦人に、あの本は駄目だ、と言われ、その強い調子に面食らいます。それから2人は手を繋いで礼拝堂を後にしました。

 戦人が連れて来てくれたゲーム盤は、縁寿にとって夢のような世界でした。いとこ達との楽しいやり取り、孫に出会えて喜色満面の金蔵、親族は皆、和気藹々としています。ランチ後、海岸で楽しく遊んだ後、戦人と二人きりになった縁寿は、戦人に問います。ここはどこ? と。縁寿の知る金蔵は、孫に出会えて大はしゃぎで目尻を下げるような人間ではありませんでした。しかし、戦人は言います。縁寿が覚えていないだけだ、と。本当の金蔵こそ、先ほど縁寿が目にした金蔵であり、縁寿が知る金蔵は世間向けに修飾された姿なのだ、と。それでも納得しない縁寿に、戦人は言います。確かにこれは作り話だ、しかし、真実よりもっと大切なことを伝えたいのだ、と。これまで散々に魔女に弄ばれてきた縁寿は、今度は戦人が自分を騙そうとしていると認識し、プレイヤーを離れ、傍観者としてゲーム盤の物語を眺めることにします。

 プレイヤーの縁寿が離れ、6歳に戻った縁寿にとって、それからの出来事は夢の続きでした。“黄金の魔女ベアトリーチェのお孫さん”であるベアトも合流したハロウィンパーティにおいては“黄金の返還式”が執り行われ、かつて金蔵が黄金の魔女ベアトリーチェから借り受けた黄金が、ベアトに返還されると共に、金蔵の資産が息子達に生前贈与されることが発表されました。これにより、苦境に陥っていた息子達は救われることになり、手を取り合い、涙を流して喜びます。一時的に駒に戻った縁寿はその光景に感動しつつも、これは戦人による茶番であるからと、素直に認めることが出来ませんでした。ハロウィンの余興として行われた“王様ゲーム”において縁寿は見事、当たりを引きましたが、絵羽も同時に当たりを引いていました。しかし、絵羽は縁寿がお姫様で自分は付き人になり、縁寿が臨むクイズゲームで協力してくれると言います。

 縁寿は絵羽の助けを得て、みんなが出題するクイズゲームに挑戦しました。しかし、あとは戦人とベアトだけというところで睡魔に負け、眠り込んでしまいます。戦人の指示で源次が縁寿を客間に運び、ソファに寝かせました。しばらくして目を覚ました縁寿はみんなのところに行こうとしましたが、扉の鍵が開きません。いつの間にかそこにいた謎の黒猫に案内され、縁寿は窓から部屋を出て、ホールを目指します。開いていた窓から再び屋敷に入った縁寿を、恐るべき惨状が待ち構えていました。縁寿が入った食堂での6人をはじめ、夏妃の部屋に2人、薔薇庭園に2人、ゲストハウスに3人、合計13人もの死体があったのです。

 泣きながらゲストハウスを飛び出した縁寿は、まだ死体を見ていない戦人、譲治、真里亞の姿を探します。はたして薔薇庭園で3人を見つけましたが、真里亞は犯人は戦人一家であると主張していました。するとそこに殺されていたはずの留弗夫と霧江が現れ、譲治と真里亞を射殺しました。そして戦人、留弗夫、霧江はこれまでの殺しっぷりについて互いを褒め称えました。真里亞の言うとおり、犯人は戦人一家だったのです。その姿に縁寿は逃げ出そうとしますが、山羊頭の人々に取り囲まれてしまいました。彼らは留弗夫一家が犯人だと口にしながら縁寿に迫ります。絵羽の死亡後、その財産が縁寿に相続されることを知った世間は、留弗夫と霧江のことを調べ上げ、二人のかつての悪行を暴きました。その結果、留弗夫一家犯人説は絵羽犯人説を含むその他の諸説を駆逐し、もっとも信憑性の高い説として扱われるようになったのです。

 一匹の山羊が縁寿を掴み上げ、飲み込もうとした時、青い一閃が山羊の頭を吹き飛ばしました。そして山羊達は赤と青の軌跡によって次々と斬り倒されていきます。縁寿を救ったのは赤と青、双方の真実を自在に操る“真実の魔女”ヱリカでした。そして新たな魔女がもう1人。猫箱に閉じられた後の世界で、無限の魔女を名乗ることとなる、未来の魔女エヴァ・ベアトリーチェでした。エヴァが手にした片翼の鷲の杖を振るうと、天地から真っ赤な蜘蛛の巣が現れ、残りの山羊達を飲み込んで得体の知れない塊に凝縮し、どこかに消してしまいました。エヴァが自分を助けてくれたことを受け入れられない縁寿に、エヴァは自分はいつだって縁寿の味方だと言い残し、姿を消しました。ヱリカは縁寿に、縁寿は自分と同じ真実の魔女なのだ、と言いました。だから助けに来たのだ、と。そして縁寿に真実の魔女としての心構えを教えてくれました。真実の魔女は他人が押し付ける真実に惑わされることなく、自分の手で真実を手にしなければならないのだ、と。

 みんなが隠すから自分は真実に至れない、真実がどこにあるのかだけでも教えてほしい、と求める縁寿の前にベルンカステルが現れました。そして、真実を教えることは出来ないが、真実に至る道を指し示すことは出来る、と言ってくれました。しかし以前、ベルンカステルに留弗夫と霧江が親族を皆殺しにしようとしたカケラを見せられた縁寿には、その言葉が信じられませんでした。そんな縁寿にベルンカステルは言います。あれは縁寿を試したのだ、と。真実は時として期待を裏切ることがある、あるいは最も望まない形を取ることもある。それを乗り越える力と勇気がなければ真実に近付く資格はないのだ、と。その言葉に、縁寿はこれまでの自分には覚悟が足りなかったことを悟りました。真実を知らない間は、家族が生きていて、いつか帰ってくるという希望を持ち続けることが出来ます。しかし、真実を知ることにより、家族は既に死んでおり、もはや再会出来ない事実を突きつけられるかもしれないのです。縁寿は“真実の魔女”として一なる真実を求める決意をベルンカステルに告げました。

 ベルンカステルは縁寿の決意を受けて、縁寿をフェザリーヌの元へと案内しました。縁寿はフェザリーヌが自分が求める真実への鍵を握っていると考えますが、フェザリーヌは真実への鍵を握っているのは縁寿なのだと言います。その言葉に、縁寿はフェザリーヌが言う“真実への鍵”とは、自分が戦人に渡された鍵であることに気がつきます。フェザリーヌは縁寿が持つ鍵は縁寿の決断を具現化したものなのだ、と言いました。そしてベルンカステルは戦人には縁寿に選ばせたい答があり、その答を選ぶように誘導されていることに縁寿は気がついているはずだ、と指摘します。縁寿は2人の魔女とのやり取りにより、戦人はゲームマスターとして、プレイヤーである自分をうやむやのうちに敗北に導こうとしているのだと確信します。そして戦人とのゲームに勝利し、真実を掴む決心をしました。

 パーティに戻った縁寿は“黄金と真実の魔女”エンジェ・ベアトリーチェとして、戦人に戦いを挑むことを宣言します。そして姿を消した縁寿の代わりに現れたのはエヴァでした。エヴァは未来において想像によって生みだされた猫箱の物語を、カケラとして六軒島に降らせました。カケラから現れたのは無数の山羊たちでした。山羊たちはゲーム盤を食べることにより、六軒島を侵食し始めます。戦人とベアトは皆を黄金郷に避難させることにしました。縁寿は混乱の隙を突いて礼拝堂にあった本“一なる真実の書”を目指しますが、その前にベアトが立ち塞がります。戦人の気持ちを尊重するように、と訴えるベアトに、縁寿は自分は1986年に既に死んでおり、12年間、亡霊として生きてきた。絵羽亡き今、亡霊としてさえ地上に留まる意味がなくなった為、最期に1つだけ、自分がしたいこと、1986年の真実を知って死ぬのだと切り返します。

 ベアトを打ち破った縁寿は、一なる真実の書を持って“図書の都”にいるベルンカステルの元に戻りました。一なる真実の書の封印が解けるまでの間、ベルンカステルの指示でヱリカがお茶を振舞ってくれることになりました。ヱリカは真実に辿り着くことで全てが終わるという縁寿の考えを聞き、縁寿は真実の魔女ではない、と言いました。ヱリカにとって真実の魔女とは真実に堪える力を持つ者だったのです。しばらくすると、エヴァが一なる真実の書の封印が解けたことを知らせにやってきました。縁寿は使い魔の猫に案内され、ベルンカステルの元へと向かいます。縁寿は手渡された一なる真実の書を戦人から貰った鍵で開けました。表紙を開くと文字や言葉ではなく、意識に直接、内容が飛び込んできます。縁寿の意識の中に山羊が現れ、絶対の真実を意味する魔女の言葉、赤き真実で真相を語ります。その内容はとても縁寿には受け入れられないものでした。赤き真実で告げられた事実を否定する為、縁寿はニンゲンにしか記せない、本当の赤き真実で自分の真実を記す、と言い残し、図書の都のバルコニーから身を投げました。ベルンカステルはエヴァに縁寿のなれの果てである挽肉を処理するように言い残し、真実の書をフェザリーヌに届ける為、その場を立ち去りました。

 縁寿が気がつくと、黄金郷にいました。エヴァによって虚無の海に捨てられ、流れ着いたのです。そこには絵羽がいました。縁寿は絵羽をお母さん、と呼びました。一なる真実を知った縁寿には、全てが理解出来たのです。2人は静かに抱き合い、互いの肩に顔を埋めて泣きました。一なる真実を知ったことにより、過去の真実に囚われていた自分の愚かさを縁寿は思い知りました。本当に大切なことは現在の、そしてこれからの自分が、いかにより良く生きるかということだったのです。縁寿はその場にいる一人ひとりに挨拶と感謝と謝罪をしました。そしてマリアージュ・ソルシエールの教えを受け継ぎ、真里亞の魔法を伝えていくことを約束します。戦人は縁寿の使命は真里亞の魔導書を翻訳し、かつての縁寿と同じような境遇の子ども達に伝えることだと言いました。縁寿は自分を導いてくれた親族を、そして彼らの住む黄金郷を守る為、ベルンカステルが目論む、一なる真実の書の公開を阻止することを決意します。縁寿はベルンカステルから入館証を受け取っている自分が図書の都に行き、一なる真実の書を取り返してくるつもりでしたが、ラムダデルタが言うには、バケモノの伏魔殿である図書の都にベルンカステルの庇護を失った縁寿が向かったところで、あっさり叩き潰されるのがオチなのだそうです。それならば猫箱の中にしか存在出来ない自分が行くべきだと戦人が主張しましたが、縁寿も譲りません。1つしかないはずの入館証を巡り、2人は争いますが、ラムダデルタは入館証がもう1つ、縁寿のポケットに入っていることに気がつきました。エヴァが挽肉となった縁寿を処理する時に、自分が持っていた入館証を密かに持たせてくれていたのです。2人は協力を渋るラムダデルタを何とか説き伏せ、図書に都に向かいます。

 衆人環視の中、一なる真実の書を奪い返すのは不可能な為、縁寿たちは別の場所に保管されている鍵を狙うことにします。しかし、ベルンカステルがその前に立ち塞がりました。その相手を買って出たのはラムダデルタでした。2人の魔女の力は拮抗していましたが、そこにフェザリーヌが現れ、“戯曲”の魔法でラムダデルタをあっさり退けました。ラムダデルタがベルンカステルを足止めしてくれたことにより、あと一歩のところで鍵を奪うことに成功しかけた縁寿たちでしたが、ベルンカステルに妨害されます。やがて黄金郷への攻撃を指揮していたヱリカが合流し、ベアトの心臓を差し出しました。ベルンカステルはベアトの心臓を破壊すると共に、赤字によってベアトの死と黄金郷の消滅、そして親族は誰一人帰ってこないことを宣言します。絶望的な空気の中、戦人はベルンカステルに立ち向かいますが、まるで歯が立ちません。やがてベルンカステルの攻撃により、絶命します。しかし、戦人は蘇りました。ベルンカステルは赤字で戦人の死を宣言しますが、それでも戦人は倒れません。やがて黄金郷の消滅と共に消え去ったはずのベアトが、親族たちが、次々と蘇ります。縁寿は“反魂”の魔法の深淵に至ったのです。縁寿とその仲間たちが呼び出した黄金の鷲は、ベルンカステルを打ち破りました。

 フェザリーヌは縁寿たちがベルンカステルの命を奪わなかったことに感謝し、戦人に最後のゲームのゲームマスターとしての仕事を果たすように勧めます。その言葉を受け、戦人は縁寿の手に再び鍵を握らせます。すると縁寿の前に2つの扉が現れました。ヒントもなしにどちらかを選ぶのか、と問う縁寿に、ベアトは左手を差し出し、手の平には何もないことを示しました。そして人差し指を伸ばして拳を握り、上下左右に何度も動かします。そして最後に天を指し、一気に振り下ろした時、人差し指は握られ、ただの拳になっていました。ベアトはゆっくりと右手を開きます。するとそこには飴玉がありました。ベアトはこれが魔法だと思うか、手品だと思うかで開ける扉を決めるように、と言いました。縁寿は躊躇うことなく片方の扉に鍵を刺し、扉を開きました。縁寿が閉じていた目を開くと、高層ビルの屋上から、片足を踏み出したところでした。縁寿はその足をゆっくりと戻しました。そして、小此木に連絡し、右代宮グループを全てあげる代わりにいくつかのお願いを叶えて欲しいと告げました。数日後、縁寿は小此木に見送られ、旅立ちました。マリアージュ・ソルシエールの教えを作家として伝えていくつもりなのです。小此木との連絡役でもある天草が運転する車は、南を目指して進みます。縁寿の暖かい地方で、海が見える街が良い、という呟きと共に。

 数十年後の未来、縁寿の姿は作家“寿ゆかり”としてホテルの一番大きなバンケットルームにありました。縁寿が書いた『さくたろうの大冒険』が大手出版社の賞を受賞した為、その式典に招待されたのです。縁寿は作家として長く活動を続けてきましたが、長く評価されませんでした。しかし『さくたろうの大冒険』が爆発的な人気を得たことにより、今やその名は日本中の津々浦々にまで響き渡っています。そんな縁寿に1人の編集者が声をかけてきました。その編集者が言うには、推理小説家の八城十八が個人的に面会を希望しているのだそうです。数十年前、縁寿は偽書作家の伊藤幾九郎の正体が八城十八であることに気がつき、面会を求めたことがありましたが、その願いは叶えられませんでした。今の縁寿には、以前ほど、八城十八との面会を求める気持ちはありませんでしたが、それでも、何故、彼女が縁寿から見てさえ、限りなく近い真実に至っていたのか、知れるなら知りたいと思いました。そのため、申し出を受けることにします。すると編集者は内密の話として、八城十八は対外的には女性の作家だが、実はもう1人男性の作家がいて、2人で執筆しているのだと教えてくれました。その話を聞いて、縁寿はその男性の正体に気がつきます。右代宮家と何の縁もない八城十八がその内情を詳細に書けたこと、さくたろうのことを知っていて、そこから“寿ゆかり”が縁寿であることに気がつけたこと、そして推理小説に堪能なこと。縁寿に思い当たる人物は1人しかいませんでした。

 果たして、面会の日、待ち合わせた喫茶店に現れたのは戦人でした。縁寿は戦人が生きていたのに自分の元に帰って来なかった事情を知りたいと考え、戦人が助かった状況を尋ねました。しかし、戦人は脱出の途中でモーターボートに乗ったことまでは覚えていましたが、それ以降のことは記憶が曖昧なのだと言いました。そして長く記憶を失っていたという事情を説明します。その言葉に、縁寿は自分が以前、面会を断られたのは、自分のことを覚えていなかったからだと考えましたが、戦人はその頃には記憶が戻っていたと言いました。記憶が戻っていたのに、孤独な自分を放置したという戦人に縁寿は怒りを覚えますが、事情を聞いて納得しました。戦人は記憶を取り戻したものの、その記憶を自分の記憶として認識できなかったのです。自分の中に他人の記憶があり、その記憶に自分が飲み込まれるかもしれない恐怖に、当時の戦人は押し潰されそうになっていました。その為、縁寿と面会出来なかったのです。縁寿はその想いを理解しました。そして戦人を“十八さん”と呼びました。縁寿にとっては死んだと思っていた兄が生きていてくれた、それだけでもう充分だったのです。

 それからしばらくしてから、縁寿は十八を福音の家に招待しました。かつて金蔵の援助によって成り立っていた福音の家は、その援助が途切れたことにより、一度、閉鎖されました。しかし、縁寿の援助により、数十年の時を経て、再び蘇ったのです。施設の中に入り、大扉を開けた先で十八を待っていたもの、それは六軒島にあった右代宮家の屋敷の玄関ホールでした。縁寿は近年、福音の家を改築した際、1986年の爆発事故によって失われた玄関ホールを再現したのです。駆け寄ってくる福音の家の子どもたちの笑顔を見たとき、十八の中に眠っていた黄金郷の扉が開きました。そこには懐かしい面々が揃っていました。そして、もちろんベアトの姿も。黄金郷の皆からの割れんばかりの拍手に歓迎されながら、戦人はベアトを抱きしめ、永遠を誓いました。

 

※以上が右代宮家第三のキーパーソン、右代宮縁寿の物語です。EP3、4、6、7、8で語られた内容によって構成しました(どうりで長い訳だ…)。正直言って、書き始めた当初はここまで長くなるとは想定していませんでしたが(メインは“安田紗音の物語”のつもりでしたから…)縁寿の場合は外すことの出来ない内容が多すぎました。この“■『うみねこ』の歩き方 そのA「右代宮家の物語」(ケーナ解釈)”は、現実世界における出来事を中心となる3人の人間に焦点を絞って描く、というコンセプトで書き始めたのですが、縁寿の場合は死ぬ為にビルの屋上に行ったのに、片足まで踏み出したところで突然心変わりをしたわけで、その理由説明の為、ゲーム盤の描写も入れることにしました(実際、ベルンカステルを覚えていますし、飛び降りた記憶も持っています)

僕は全体を通してみた時“右代宮家の物語”とは“愛の力によってすれ違いによる負の連鎖を断ち切り、正の連鎖へと変換する物語”だと考えています。長老達によって心を殺された金蔵は自分を蘇らせてくれたビーチェを失ったことにより、心に狂気を宿し、過ちを犯してしまいます。その過ちによって誕生した紗音は、金蔵から女として役立たずだと告げられた、と夏妃が考えたことにより、結果として崖から転落します。大怪我を負って生き残ったものの、生殖機能を失って性転換する羽目となり、さらに金蔵が再び過ちを犯すことを恐れた源次によって福音の家で隔離されて育ちます。その為、空想癖を抱え、擬似的な多重人格者となってしまいます。そんな紗音が戦人が約束を忘れたと考え、3つの恋によってどうしようもなく追い詰められ、島の爆発による猫箱の中の黄金郷に望みをかけ、惨劇を引き起こそうとします。その結果、全てを失った絵羽が、やはり全てを失った縁寿を支えきることが出来ず、ここまで続いてきたすれ違いによる負の連鎖が、一族最後の生き残りである縁寿にまで引き継がれ、縁寿は自殺一歩手前まで行きます(実際には半歩)

しかし“愛がなければ視えない”このキャッチコピーの通り“愛”を信じることによって、縁寿は一族が背負ってきた負の連鎖を断ち切り、立ち直ることが出来ました。そして、今度は魔法の力を伝えることで正の連鎖を生み出す存在となります。“愛”によって負の連鎖が正の連鎖となる、これが本来的にはこの作品の一番メインとなる部分なのではないかなと思います(僕にとってのメインは紗音の物語なのですが…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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